27時間テレビ

27時間テレビ(27じかんてれび)、FNS27時間テレビは、1997年以降のFNSの日の通称であり、1年に1度夏に行われる。毎年、1つのメインコンセプトテーマをおき、それに沿って生放送される。なお、近年では放送時間が25-26時間になることが多いが、本項目では便宜上、回数が多く通称として使われる「27時間」テレビとしている。

制作著作はフジテレビではなくFNSフジネットワーク(またはFNSフジネットワーク28社)となっている。( 24時間テレビ は製作著作がキー局の日本テレビ

1987年 - 1991年のFNSの日はFNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島を参照。

1992年 - 1996年のFNSの日は平成教育テレビを参照。


27時間テレビのタイムテーブル

  ※2005年以降については、その年ごとの番組項目を参照の事。

27時間テレビの20世紀の放送遍歴

この項での記述は、お台場に移り27時間になった1997年からとする。

27時間テレビの第11回(1997年)疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル 〜REBORN〜

司会 : ダウンタウン

この年の春に新宿からお台場に社屋を移転したフジテレビが新しいことを始めようと特番を連発し、ダウンタウンを司会に抜擢。初期の夢列島、及び、北野武を中心とした内容とは一変し随所に歌手・アーティストが出演した。「HEY!HEY!HEY!」を主体としたコーナーが多かった。

放送当日に台風9号が直撃したため、番組内容急遽変更野球中継が中止になり、「全国各地から船で27時間内に食材を運ぶ」企画も変更された。

プロ野球ニュースステレオ放送が開始され、音楽コーナーもあったためステレオ放送になった。この年から、高知さんさんテレビとさくらんぼテレビがネット開始。山形では1992年の山形テレビの放送打ち切り以来、5年ぶりに放送を再開した。

27時間テレビの概要

オープニングからダウンタウンの2人が「 疾風怒濤FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバルREBORN ってこんな長いタイトル誰がつけたんや!!誰や!」と長いタイトルを非難した。

台風関連

オープニングの後に放送する予定だったナゴヤドームでのプロ野球 中日-巨人戦が台風のため中止(ナゴヤドームでプロ野球の試合が中止されたのは初めて)になり、急遽ヤクルト野村克也監督古田敦也ドゥエイン・ホージー両選手(いずれも当時)が招かれ、オールスター戦のダイジェストヤクルト選手などの名珍場面を放送した(神宮球場ヤクルト戦も中止だった)。また、「お台場GAME BATTLE」のみ出演の予定だった「ビーチボーイズ」の俳優陣反町隆史竹野内豊広末涼子稲森いずみ・マイク眞木)が中継に登場した。

プロ野球は福岡ドーム(当時)以外の4試合も中止し1試合しかなかったため、「プロ野球ニュース」も内容を変更、「居酒屋あぶさん」からの中継を継いで「緊急討論・巨人は優勝できるか?」を放送した。

7時台と9時台に台風情報を放送した。

深夜帯

LOVE LOVEあいしてる」スペシャル内で中居正広KinKi Kidsに電話をかけた。

深夜企画ではブレイクする前のココリコ、雨上がり決死隊ネプチューンオセロチュパチャップス(ほっしゃん。と宮川大輔)などが出演した。ココリコはこの年以降「27時間テレビ」に連続出演している。

また「ブラ綱引き」コーナー東野幸治リアクションが多くリプレイされ、松本が「この東野のリアクションは 大エンディング で流そう」と決め、CM明けのコーナーで今度は浜田が「ええリアクションは 大エンディング で…」と「大エンディング」発言が連発され、後に番組最後の中CMのあとのコーナーが「大エンディング」と言われるようになった。

出演者が特設テントの中で「ぷよぷよ」をした。

浜田が志村けんと、大箱根カントリークラブにて早朝ゴルフ対決

台場特設会場(観衆1万人)

前年に引き続いて「全国フリースロー選手権大会」を開催。決勝はお台場の特設会場。優勝は福島テレビで、最終戦のドリームマッチでもデニス・ロッドマンに勝利。決勝戦はCMを入れず完全生放送。

MAX、T.M.Revolution、SPEEDEvery Little ThingGLAYPUFFY華原朋美西城秀樹特設野外ステージスペシャルライブを行った。(前日と変わり晴天)。

大決戦!日本列島エエヒト怪獣ツルベVSワガママ怪獣ヒトシ」では、互いに同姓同名の素人(中継で登場)と組んで対決。鶴瓶は「日本一名前の長い人を選ぶ対決」で正解の 藤本太郎喜左衛門将時能 (奈良県在住)を選んだにもかかわらず負けとされ、お尻を焼かれた。

「さんまのスポーツするぞ!」ではさんま・今田・東野・ナイナイのさんまチームロッドマンフリースロー対決をし、岡村と東野が決め2対1でさんまチームが勝利した。(松本vsロッドマンビリヤード対決終了後ダウンタウンとさんまの共演もあった)

「めざましテレビ 達人SP」にて、武道家玉城厚志が「1分間の瓦早割り」に挑戦。それまでの世界記録の191枚を89枚更新する280枚の世界新記録を樹立した。静岡、大阪、愛知、岩手、福島の5ヶ所からも達人が登場した。

夕方は「川端健嗣・篠原ともえのザ・ヒューマン特別版」を放送。

長時間の出演で疲れ切った状態で、西川貴教トークKinKi Kids吉田拓郎の中継が行われた。

グランドフィナーレ

梅宮辰夫らが食材を各地から集めて調理。食材は漁船に乗せて全国からお台場に向けて送る計画であったが、当日の荒天によりテレビ静岡等の出した8隻は断念した。

福岡から玄界灘ヤリイカと共に遣って来た女の子は、土曜日に「浜ちゃん(総合司会の浜田)に会いたい」と発言していたが日曜日に本当のところを質問した所「パフィー」と言って2人と握手をした。

1997年の「フジテレビ新人アナ披露」は宇田麻衣子、春日由実、桜井堅一朗、深澤里奈の男性1人、女性3人の計4人だった。

この年から提供CGで、社名ロゴ上の「提供」は省略される。この年は画面下に青色の長方形が登場し、その図形がアクションするときに提供社名が切り替わった。


27時間テレビのFNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島(1998年-2000年)

SMAPリーダー中居正広総合司会に据え、当時若者を中心に人気だった「サタ☆スマ」をベースに放送。進行役フジテレビアナウンサー西山喜久恵。前年の平均最低視聴率11.7%を下回らないようにこの年から感動路線に転向したが、賛否両論だった。この路線転向にはジャニーズ事務所の意向が働いている。

またこの3回は、総合プロデューサー荒井昭博総合演出坪田譲治構成鈴木おさむの3氏が製作を指揮していて、3氏の関わっている「中居正広のボクらはみんな生きている」(1998年)→「中居正広のボク生き」(1999年?2000年)、「笑っていいとも!増刊号」に「SMAP×SMAP」の人気コーナーBISTRO SMAP」のスペシャル版や新春に放送している「女子アナスペシャル」の「FNSの日」スペシャル版と当時「いいとも!」レギュラーの一人だった橋田壽賀子原作のスペシャルドラマ(1998年を除く)などで構成された。

「笑っていいとも!増刊号」はこの3回に関しては2部構成として放送された。

27時間テレビの第12回(1998年)〜てれずにいいこと・てれずに楽しく〜

司会:中居正広

何をやるのかまったく知らないままスタジオの前で立ち尽くす中居の姿が映し出されたオープニング。「ドミノを27時間以内に立てられるか」という企画が始まり、翌年から北広島市で連続して行われた(北海道文化放送が中継)。”倒れない車ドミノ”は特徴的。番組テーマの「てれずに〜」は“照れず”にと“テレビ”をかけている。

この年から「グランドオープニング」で総合司会・進行アナが番組タイトルコールしてから番組タイトルロゴCGを表示する形になった。

1999年・2000年の中居・荒井時代は「グランドオープニング」でスタジオにいる出演者及びSMAPのメンバーと共にタイトルコールをしたがバラバラになり、2002年・2003年の「みんなのうた」の場合は総合司会者のみのもんたが「FNS27時間テレビ」の後・進行アナなどが「みんなのうた」とコール、2004年・2005年では言う人を分担したが、2006年以降は総合司会者が全てのタイトルを言った後に番組タイトルロゴCGを表示する形になっている。ただ、2001年は木梨憲武が番組タイトルではなく「新人(アナ)は濡れた方がいいぞ!いくぞー!」と言った後に番組タイトルロゴCGを表示した。

この年からCM明けのBGMが流れるようになった。

ナゴヤドームから2年連続の生中継。また、名古屋「K-1 DREAM98」を中継。中居と西山が現地の千秋と勝俣州和の2人と共に開会宣言をした。

この年に放送した視聴者クイズの「ラブ・クエスチョン」で出題された問題の一連。

1年間に使う電池を縦に並ばせた時にどれ位の量になるか?→地球3周分

待機電力で1年間、どの位の料金が掛かる?→およそ8,000円

「生LOVE LOVE あいしてるスペシャル」の最後に東野幸治放課後電磁波クラブの衣装で乱入。

「流出!裏めちゃイケ」では90年代前半にフジテレビで放送された深夜番組「殿様のフェロモン」の名物コーナーだった「ハケ水車」が登場。これまでの水車は水が出なかったが水を出す改良をしたが、正解発表のとき、岡村・中居のあたりに水が飛び、さらにはダチョウ倶楽部上島竜兵がウケねらいで洗顔をした。

2年ぶりにこの枠で放送された「笑っていいとも!増刊号スペシャル」はお台場・フジテレビスタジオではなくスタジオアルタからの放送だった。後半・永井美奈子ヒミツを当てる問題で、加藤浩次は「中年男性のウップンを受け止める」と答え、タモリは「今、何時だと考えろ!夜中のナイナイコーナーじゃないから」と激怒。その加藤はナイナイコーナー「流出!裏めちゃイケ」にも登場した。

陣内孝則柳葉敏郎司会の「ハッピーバースデー!」生放送スペシャルSMAPのメンバーたちが草?剛の誕生日を祝った。

FNSの日開始以来、初めて報道番組が放送された。報道2001の特別版「報道2001 もう大人には任せて置けないスペシャル」では、30人の子供達亀井静香田中真紀子鳩山由紀夫の3人の政治家トークをした。鳩山は途中で他の仕事のために退席し、エンディングで幸夫人と共に登場した。

この年のFNS27局対抗戦は いいこと、しよう と言う気持ちも込められた「FNS空き缶アートフェスティバル98」で、様々な作品が登場した。ある人によって開催された対抗戦はそのアートに使われた各局の空き缶数で決められ、唯一8万個を越たテレビ愛媛が、準優勝テレビ新広島に2万個近い大差をつけて初優勝した。また仙台放送は放送時間に間に合わず途中まで出来ていたのにその作品を崩してしまった(対抗戦で言うと失格)。スタッフの内、2人が海に「完成出来なかった悔しさ」を乗せてダイブしていった。集まった空き缶の数は目標個数500000個に対して636547個だった。

ドミノ前に「マイク・ベルナルド&木佐彩子VS中居正広&西山喜久恵」のミニトーク

最後のドミノタモリ笑福亭鶴瓶鳩山由紀夫&鳩山幸夫人、中居正広の順に置いてから、ドミノが倒された。結果は、立て方が甘かったり前述の”車ドミノ”等で綺麗に倒れる事が出来なかった。

フジテレビ新人アナ披露」は西岡孝洋荒瀬詩織八馬淳也島田彩夏の男性・女性2人ずつの4人だった。

この年の提供CG:番組キャラクターらしきサルとバナナが登場。バナナがむけるたびに提供社名が切り替わった。通常 〜の提供でお送りします にあたる部分は出てくるバナナの色が違っていた。また、 〜お送りしました の部分では出しがサーフィンマスコットの顔が変わった後、回転し別のスポンサーに切りかえる。この回から2003年までは前後の提供クレジットが統一から前後別々になった。

27時間テレビの第13回(1999年)〜てれずに楽しく・てれずに愛して〜

司会:中居正広

この年は18:00開始だったが、1992年以来内包番組のスポーツ中継が無くなった・

中村玉緒が福岡・太宰府天満宮から「成功祈願ドミノ」(実況アナウンサー・川崎聡

タモリドミノ監督として復帰。

前回(1998年)の夢ドミノで失敗した岡山と北海道。今回は明暗がくっきり分かれた。

岡山は前回止まってしまった石ドミノの下にベニヤ板を乗せて対策し、リベンジ成功。同局はドミノマッチに負けた為、罰ゲームとして人間ドミノ・10体も投入。北海道は車ドミノがまた上手く倒れず失敗。だがトラックドミノ3台の方は倒れた。

鹿児島テレビドミノ倒しでは豪華なドミノが登場した。鹿児島県北部住友金属鉱山菱刈鉱山の協力で1個10kgの金塊を20本、合計200kgを使用。総額は2億円(1本/1000万円)にも上り現地リポーター角盈男を驚かせたが本当は全てレプリカだった。

深夜コーナー「よる☆スマ」はキャイ〜ン、ココリコ、極楽とんぼがヤング代表として、ガッツ石松鈴木史朗、大竹まこと、石田純一の4人がアダルト代表として参加。バター犬や合コン相手登場等、前年の裏めちゃイケ同様、お色気と暴露企画を展開した。

プロ野球ニューススペシャル特別企画として「ジャイアンツ秘法館」を放送した。日本全国からジャイアンツ関連の品物を紹介した。

サタ☆スマの香取慎吾プレゼン企画で、香取と子供たちが作った手作りのコーナー「うたまるまるだいなくしょう」を放送。

「笑っていいとも!増刊号スペシャル」の中のCM明けに、約1分間別スタジオ休憩中の木佐の音声が入るハプニングがあった。このハプニングに関する謝罪はなかった。

スーパーバスケ開始前ブレイクモンキーズによるスペシャルダンクショーがあった。

スーパーバスケ延長戦ルールは1ラウンド毎に異なり、第1回戦は女子アナフリースロー、第2回戦は中継先でのダンク勝負準々決勝は第1回戦同様女子アナフリースロー準決勝は選手によるフリースローそして決勝戦は全員参加のフリースローと変わった。

フジテレビ新人アナ披露」は、内田恭子、大橋マキ、長谷川豊の男性1名と女性2名の計3名で行われた。

この年の提供CG:愛のキューピッドらしき番組キャラクター画面下両端に出てきて、双方が弓を射る度に提供社名が切り替わる。

27時間テレビの第14回(2000年)〜家族 愛 Love You〜

司会:中居正広

この回は7月8日・7月9日の放送で、例年だと7月第3週に放送されているのだがこの週にFNS系列局在札局である北海道文化放送主催の「東洋水産レディス北海道」(現在の「Meijiチョコレートカップ」)の最終日の放送の兼ね合いから7月第2週と前年より早い時期に放送された。

サタ☆スマの企画「中居の27時間赤ちゃん預かります!」が通し企画。各コーナーに赤ちゃんが登場した。

SMAP×SMAPの企画(ゲーム)、スーパーバスケで各局が対戦し、前年に引き続きサガテレビチームが優勝した。

サタ☆スマの企画「境界線クイズ」をFNS各系列から選抜された12局で競う「全国境界線クイズ王座決定戦」を開催。鹿児島テレビ山陰中央テレビが並びジャンケン・プレーオフ鹿児島が優勝。

勝俣州和・キャイン・ココリコ・大橋マキ・佐野瑞樹の7人が「お台場ドリームチーム」としてスーパーバスケに挑戦。しかし27時間内で一度も成功しなかった。その原因の9割近くがキャイ〜ンのどちらかにあったとの判断。そこで後日100%キャイ〜ン!の中で再挑戦し、なんとか成功した。

さんま・中居の今夜も眠れない」がこの年始まった。

コーナー「ボク生き夏の祭典スペシャル」で登場した大人に見える小学生に対し視聴者から抗議・苦情があった。

深夜コーナー「女子アナといろいろやってみようスペシャル」」の「ココリコ投稿番長スペシャル」でココリコ草?剛キャイ〜ンらとともにネタを制作し、FNS各局の女子アナがジャッジココリコらは惨敗し、電気椅子で感電の刑に処せられた。

朝のサタ☆スマ初の生放送スペシャルで、慎吾ママが中継で登場し、マヨネーズを使った料理を作った。

インフォメーションを担当した大橋マキは身長150cmなので台に乗って佐野瑞樹と身長をあわせていた。

グランドフィナーレでは、政井マヤが「日清食品」を「日本食品」と読み間違える、SMAPら出演者が「ベストフレンド」を熱唱中パンチUFOが乱入する、などのアクシデントがあった。

フジテレビ新人アナ披露」は政井マヤ、千野志麻梅津弥英子の女性3人で行われた。男女が揃わないのは初めて。露木茂の立会はこの年で最後になった。

ドミノ倒しは2年連続失敗に終わっている北海道の車ドミノに注目が集まった。当地の北海道大学と協力して挑んだが10台目で止まってしまった。この時に野々村真が、「中継所の最高責任者や北大教授等のせいで失敗した」と彼らに責任転嫁した。

提供CG: サタ☆スマ の番組キャラクターサタッペ」「スマッペ」らしきくまのキャラクター画面下に登場。2匹がアクションする度に提供社名が切り替わる。

「ちびまる子ちゃん」が字幕放送になった関係で一部字幕放送開始。

27時間テレビの21世紀の放送遍歴

27時間テレビの第15回(2001年)/FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島

進行:西山喜久恵木佐彩子小島奈津子

正式タイトルは「FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島」。このタイトルユースケ・サンタマリア司会の「プレゼンタイガー」(2001年6月放送)で2つの候補の中から決定。(ちなみにもう1つの候補は「FNS1億2700万人のファイナルアンサー笑う27時間TV」だった)。

総合司会は前年の中居正広からこの回は据えず番組のコーナーごとに司会をバトンタッチした。また、番組全体司会進行役としてフジテレビ女子アナウンサーの3人(西山喜久恵木佐彩子小島奈津子を起用した。

番組のテーマ曲はサザンオールスターズの「希望の轍」。番組テーマが「希望」であったことから。

1997年以来総合プロデューサーを務めた水口昌彦が4年ぶりに復帰するものの、またしても最低視聴率を更新してしまった。(逆に関西地区の平均視聴率は15%とキープした。)2003年まで「第2次氷河期」になった。

福岡ドーム(後の福岡Yahoo!JAPANドーム)からの開会宣言は、同年のサンヨーオールスターゲーム両軍監督王貞治長嶋茂雄が握手をして開会宣言した。

27時間テレビの各コーナーの概要

プロ野球オールスター戦を放送したとき、選手のインタビュー中に堀内健が周囲を凍るギャグをしたために日本プロ野球選手会から「今後フジテレビオールスター戦の中継の自粛を要請する」と告げられることに(2004年7月10日よりオールスター放送復帰)。この件に関しては当時の新聞や「週刊ベースボール」でも批判する投書が掲載された。

とんねるずが、ネプチューン・キャイン・ココリコを各地に飛ばす企画で、石橋貴明木梨憲武とのパター対決で思い切り打ち、ボールモニターに激突させ破壊してしまった。

ダウンタウンのお笑い能力開発ゼミナール」で、学級委員役の松本人志の思惑と違うスベリ雰囲気となってしまい「こんなんちゃうねん!」と連呼。ガッツ石松や木村祐一らが迷回答を披露したが、優勝は板尾創路。またコーナーの直後の中継先静岡県沼津市愛鷹パーキングエリアでは、ココリコ田中直樹が追い詰められて「お笑いは天職です」と叫んだ。

FNS最強キャラクター大相撲」で、ラフくん人形の着ぐるみの中に入っていたのは里谷多英。最終対決は、仙台の地区予選で「正上位」発言をした岩手めんこいテレビの「ミットくん」関と、優勝したテレビ愛媛の「ビビットくん」関。最初は岩手のミット関が一気に愛媛のビビット関を追い込んだが愛媛のビビット関の廻り込みに勇み足をした。仙台予選では物言いのつく一番もあった。また、ウド鈴木が担当した予選では着ぐるみ達と仲良くなっていたり、関西テレビの「ハチエモン」関が仙台放送の「JUNI」関に逆転負けしイチャイチャしているシーンがあった。福井テレビの「イヤイヤちゃん」関は予選で敗退し悔しがった。

深夜の「エブナイ」の中で「日本全国うまいもの対決」をやり(ユースケ出演)、ネプチューン原田泰造キャイ〜ンの天野ひろゆきにだまされ罰ゲームを受けた。

内村光良が 笑う犬の冒険 キャラクター・大嵐浩太郎に扮し、一人ドミノという企画が進行していたが、土曜日の夜に兵庫県明石市花火大会で死傷事故(明石花火大会歩道橋事故の項を参照)が発生し、ドミノ倒しが将棋倒しを連想させてしまうということで、明石事故の犠牲者及び負傷者に対する配慮並びに視聴者への影響も考慮し、フジテレビはこの企画を中止した。大嵐こと内村は「京都でやりたかった」と悔しがっていた。

22日の昼13時過ぎのコーナー明石家さんまの中間反省会」はこの時間までの27時間テレビを振り返り、明石家さんまがダメ出しをするコーナー。めざまし時計にこれまで登場した出演者のメッセージが。ナインティナイン矢部浩之は「怖い怖いいうて、俺に泣きつくのやめろや」とココリコ遠藤章造叱咤激励ドミノ企画の中止で早々に帰った内村に電話をかけたところ、家で寝ていたらしく大嵐を演じることなく「内村です。」と電話に出てしまい、キャイ〜ンの天野らに「もう少しキャラ作ってください。」とツッコミを入れられる。その後スタジオ入りしたさんまはこの事情を知らず、自分はわざわざ家から出てきたのに内村は電話だけだったのに対して「あいつの方が大物やな」と嫌味を浴びせた。

BIG3コーナー車庫入シリーズが復活。名倉潤シボレーが破壊された。進行役は今田耕司、ほんこん、村上ショージ。ビビる大木がハンドルを握り、花壇に乗り上げて登場。かつてのたけし以上に派手にブロック塀に当ててしまう。CM後には車に付けられた風船をトスバッティングで割る企画に。途中、軟球から硬球に変更され、さんまも「これは酷すぎる」と言い出した。最後には山口智充砲丸投げ選手に扮して登場し、名倉が止める中、窓ガラスを粉々に割ってしまう。車庫入シリーズ史上最も破壊されたが、壊された車の会社側が「宣伝になる」として無料で修理した。

クイズ$ミリオネア 初の生放送では、明石家さんまがクイズに挑戦(当初応援ルームにいてクイズに挑戦する予定がなかった)。ライフラインテレフォンで前妻の大竹しのぶに生電話。このときから並び替え早押しなしの「エキシビジョン・マッチ」が登場した。

ピリオド 挑戦者 結果 賞金 備考
1 遠藤章造 Q09NG 10万円 テレフォンブレーン・横山三兄弟
2 明石家さんま Q10NG 10万円 テレフォンブレーン・大竹しのぶ
3 ユースケ・サンタマリア Q10NG 10万円 7月26日に結果が放映

以上、「とっても安上がり(の賞金放出)」で終了した。

とんねるずのハンマープライス 関西テレビ放送、オークショニア杉本清)が一夜限り生放送で復活。木梨の車を西山が乗り回した。

フジテレビ新人アナ披露2001」は男女3人ずつの6人。男性は岡田浩揮森下知哉渡辺和洋、女性が高島彩福元英恵、森本さやか。局アナが立会人をすることが多いが、今回はとんねるずが「新人アナ披露」の立会人を担当した。えこひいきが激しく岡田や渡辺は自己紹介の途中で石橋に邪魔された。

27時間テレビのその他

前年まで 制作著作 フジネットワーク27局 だったが、この回だけ 制作著作 フジテレビ と表示された。

1993年よりしばらくニュースは日曜夕方枠(FNNスーパータイムFNNニュース555 ザ・ヒューマンFNNスーパーニュース)のみの放送だったが、この年より土曜深夜・日曜早朝と昼にそれぞれ1-3分程度FNNニュースが挿入されるようになる。

提供CG…フジテレビキャラクター・ラフくんが登場した。社名ロゴの周りが土俵になっていてシコを踏むと社名が変わるものと、社名ロゴの周りが板になっており、てっぽう柱につっぱりすると社名が変わるものがあった。

ネット局中継がこれまでの全局中継から北海道・岩手・宮城・愛知・大阪・愛媛・福岡・沖縄の8局に縮小。以後2003年まで通し企画での参加中継などあるが、系列局によっては中継しなかった回もあり、2004年以後再びネット全局に戻した。

エンドロールの体制は制作協力に1998年から続いているジャニーズ事務所に加え、吉本興業・ワタナベエンターテインメントなど主体出演者の所属事務所が多数表示され、2005年の「25時間テレビ」を除き現在も続いている。

水口昌彦が「FNSの日」で総合プロデューサーを務めたのはこれが最後となった。

27時間テレビのFNS27時間テレビ みんなのうた

前年が最低視聴率だったことや、オールスターゲームで選手とスタジオタレントを会話させたことに関して批判が集中したこともあり、路線を大幅に変更。総合司会に、みのもんたを据え、感動企画をメインテーマにした27時間テレビ。2002年はお笑いのテイスト多少残されたが、2003年はほぼ全編感動企画で通された(唯一、例年のFNSの日らしいコーナーは「さんま・中居の今夜も眠れない」と「鶴瓶・ココリコ中継企画」だった)。しかし、ライバルの「24時間テレビ」の二番煎じ感があったことと、明石家さんま・中居正広笑福亭鶴瓶・ココリコ・爆笑問題などといった常連メンバーが出演した一方で常連メンバーであるタモリ・関根勤らが欠席、また「笑っていいとも!増刊号」などレギュラー番組のコーナー(「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」を除く)が殆どなかった為かさらに最低視聴率を更新してしまった。テーマ曲は「あの素晴らしい愛をもう一度」

また、この年よりタイトルの冠に「FNS○○時間テレビ〜」と付くようになった。

27時間テレビの第16回(2002年)〜あの素晴らしい日本をもう一度〜

総合司会 : みのもんた

進行アシスタント : 西山喜久恵内田恭子 

1月の時点でサンケイスポーツ内で主な企画を発表し賛否両論を巻き起こした。その直後から「みんなでハモネプ」(「力の限りゴーゴゴー!!」の「ハモネプコーナーの27時間テレビ版)の出場者募集及び予選会をめざましテレビの中で放送し、各局の代表を決定。優勝したのは、新潟総合テレビ・音楽一家の日下ファミリー

サブタイトルは「あの素晴らしい日本をもう一度」。テーマ曲であった「あの素晴しい愛をもう一度」になぞらえて。「もう一度プロジェクト」などの通し企画があった。

オープニング オープニングでは画面の左上にJuly6&7 J.T.O/Japan Tokyo Odaiba 27Hour-TV START!と書かれていた。 日本列島が全て見渡せる位置から東京・お台場フジテレビV4スタジオまで18秒間というリニアモーターカー並みの速さで超高速ズームインして幕開け。 この年からテレビ大分がネット開始。しかし、クロスネットFNN/NNN)の関係で中断を繰り返し、フィナーレは深夜(月曜未明)に録画で放送。 内田恭子アナウンサー音痴振りが晒され、全国の視聴者の失笑を買った。これが翌年の通し企画の伏線に。 この年のハモネプ全国大会決勝戦が偶然7月7日だった事から「七夕ファイナル」と銘打っていた。 「みんなでハモネプ 全国大会2002」の優勝賞品である「中国・上海旅行」が初めて参加者に発表された時にネプチューン名倉潤が「みんな、上海へ行きたいか!」と、アメリカ横断ウルトラクイズ福留功男の「みんな、ニューヨークへ行きたいか!」のパロディを叫んだ。V4スタジオハモネプ参加者は「ウォー!」と地響きのような声でそれに答えた。 「あの素晴らしい日本をもう一度」プロジェクト 「あの素晴らしい日本をもう一度」プロジェクト北海道富良野市から宮崎県西都市まで全国11ヶ所で展開された。内容は次の通り。 テレビ長崎「あの平和な世界をもう一度」 全長20メートル特製鐘楼船と世界190カ国の平和を願って190個以上の灯篭を作り、改めて「世界平和」をこの原爆被災地の長崎から日本全国の皆さんに問いかける、という企画。大村市長崎市から中継。山本耕一テレビ長崎アナウンサー(当時)が進行。山本はオープニングで名倉に「ええ身体つきしてますね」と言われた。 テレビ宮崎「素晴らしい歴史遺産をもう一度」 地元の古墳周辺が草だらけになってしまったので、草を刈って遠いご先祖様に喜んで貰おうという主旨。西都市西都原古墳群から中継。高橋巨典アナウンサーが進行、地元出身の0930がサポーター役で応援。 テレビ新広島「子供達が集まる学校をもう一度」 全校児童がたった2人の小学校に子供達が集まるジャングルを作る。三良坂町(現在の三次市)から中継。石井百恵アナウンサーが進行。 岡山放送「あの素晴らしい伝統をもう一度」 香川の名物讃岐うどんを2002杯再現させる。香川県善通寺市から中継。上岡元アナウンサーが進行。 関西テレビ「あの美しい川をもう一度」 「道頓堀川を27時間でどの位、綺麗にするか?」の挑戦。ペットボトルで作ったイカダなども登場した。また、1985年の阪神タイガース優勝時に投げ込まれたカーネル・サンダース像の救出作戦も行われた。大阪市中央区道頓堀川からの中継。桑原征平アナウンサー(現在は定年退職しフリー)が進行。 福井テレビ「あの素晴らしい森をもう一度」 ダストポットを230個作って県内の小学校に送るプロジェクト。そして230個である一文字を作った。和泉村からの中継。桑原達秋アナウンサーが進行、清水国明プロジェクトリーダー役で登場。オープニングで桑原の声がチェーンソーによって聞こえなくなるシーンがあった。 東海テレビ「あの素晴らしい故郷をもう一度」 廃線になった駅舎を掃除したり飾り付けをして現役当時の電車を迎える。谷汲村(たにぐみむら)(現揖斐川町)から中継。庄野俊哉アナウンサーが進行。主役となる赤い電車(名鉄モ750形)の重量を庄野が25tと言い間違い、地元の人に35tと訂正される場面があった。 石川テレビ「美しい物を作りたい/芸術の心をもう一度」 金沢城を舞台に繰り広げる芸術の祭典。石川県金沢市金沢城公園からの中継。小谷あゆみアナウンサー(当時)が進行。 フジテレビ「あの綺麗な海岸をもう一度」 葉山、逗子、七里ヶ浜、江ノ島、鵠沼、辻堂、茅ヶ崎、大磯の8ヶ所で「湘南海岸クリーン大作戦」を展開。逗子では同時進行でシーグラスアートを作った。島田彩夏奥寺健両アナウンサーが進行。一部海岸ではクリーン大作戦を行う前にきれいになっていた。実際は2ちゃんねるでの呼びかけで集まった有志による清掃活動の結果であったが、レポーターはその裏をとらずに「ライフセーバーによる活動」と誤放送した。 仙台放送「あの活気ある街をもう一度」 100台の自転車を漕いで人力でバッテリーに蓄電。どれだけのバッテリーが蓄積するのか、更にフィナーレにそれをイルミネーションとして一気に放出するという挑戦。総合司会のみのもんたは「これ疲れるでぇ」と発言した。宮城県仙台市繁華街から中継。柳沢剛アナウンサーが進行。 北海道文化放送「あの感動をもう一度」 22年間に渡って放送したドラマの 北の国から が同年9月放送の北の国から 2002遺言で最後を迎えるのを前に、ドラマの舞台となった五郎の石の家周辺を草取りする。富良野市から中継。加藤寛アナウンサーが進行。このプロジェクトは、とくダネ!スペシャルでも放送した。 「みんなでハモネプ全国大会2002」の決勝リーグ進出チーム・発表タイムでは、名倉潤が9組目の進出チームを発表。段取りを忘れていたみのもんたが名倉の前に出た為に名倉に突っ込まれ怒られるハプニングがあった。(西山喜久恵内田恭子高島彩アシスタント3人も爆笑)。15分後、決勝リーグ進出チームの発表時には岡山のチームが泣き出し、みの・名倉等が慰めた。 「全国縦断27時間テレビ ドリームさだまさし夢ライブ2002」 さだまさしらが、さだの故郷・長崎をスタートし、広島(後述のクイズ$ミリオネアSPの途中に中継し、20件近い苦情)→香川→岐阜&大阪(さだらは台風のため岐阜にヘリが飛べず大阪空港止まり)→宮城→北海道富良野旭川空港(さだとくずの3人は雨天のため富良野にヘリが飛べず旭川空港止まり)→東京/さだのコンサート会場→東京/くずのスタジオの順に、ライブを行った。宮城では山口の相方が・北海道では宮迫の相方がそれぞれ応援にまわった。長崎から広島へ移動する時に長崎空港ヘリコプターに搭乗する予定だったが台風並みに風が強まりヘリコプターではの移動が不可能となり、急遽、通常報道専用であるフジサンケイグループ所有のの小型ジェット機「オーロラ」を羽田空港から急遽派遣報道用なので24時間体勢で待機している)し、同機で広島へ。(これ以降ヘリでの移動が危険なため、長距離移動には同機を使用)北海道・旭川では 北の国から 〜遥かなる大地へ〜 でさだが歌を歌いバイオリンを演奏した。 浜崎あゆみが、ライブ会場の福岡・海の中道海浜公園から生出演スペシャル・ドラマは「東京物語」、出演は宇津井健八千草薫、松たか子。 前年のクイズ$ミリオネアに引き続き、この年の「さんま・中居の今夜も眠れない」でも明石家さんまが大竹しのぶに生電話(原因:中居正広が大竹しのぶにプロポーズすると書いた為)。また、ミリオネアの延長でこのコーナーの時間は縮小されるはずだったが延長されてしまい、F1予選の中継に間に合わせるためその後に放送の「真夏の爆笑ヒットパレード」が大幅に短縮された。 これまで日曜夕方しかニュースを放送していなかったが、前年の突発的な重大事故での報道対応が後手に回ったことへの反省からか、この年から土曜夜・日曜朝・昼・夕方と定時ニュースを挿入されるようになった。 めざましテレビ、とくダネ!を日曜日にも関わらず放送。 「めざまし調査隊スペシャル」(日曜11時頃に放送)の中では、爆笑問題が、「真夏の爆笑ヒットパレード」の時間を大幅にすり減らした元凶である明石家さんまを捕まえて激怒しその後、みのもんたや久本雅美更八木亜希子も入れての大乱闘へと発展していった。 中居正広とみのもんたが珍プレーナレーションに生放送で挑戦した。特に中居正広が挑戦したのはみのも難しいと言うじっくり映像。その映像を読み切り、みのから太鼓判を押された。当然みのも珍プレーナレーションに生でチャレンジした。  「みんなでハモネプ全国大会同大会内で岩手めんこいテレビBELIEVEチームの姿にみのもんたは3度の涙。

野村雅子先生佐藤裕美ちゃんの再会で先生が我を忘れて強く抱き締めたシーン。みのは感動したが名倉は「潰されそうですよ!」と裕美ちゃんを庇った。

みのへのカウンターパンチとも言える地元・岩手から中継。裕美ちゃんの親友のめいちゃんが「粘土、忘れ物だよ!」と発言。裕美ちゃんや先生達は爆笑したが、みのは号泣した。

決勝戦でみのが「泣かせられたよ」と発言。裕美ちゃんはさくらちゃんと喧嘩をして謝らないまま転校してしまった過去があり、裕美ちゃんにさくらちゃんが謝って「ずっと友達だよ」と仲直りした場面で、みのが「おいおい、また泣かせるのかい」と一言。

決勝戦で、進出した3チーム決勝戦用の曲が披露された後に今度はみのもんたが三度の暴走。

3組のファイナル・パフォーマンスが終了した後にみのはたった1組にしか贈られない優勝に納得が行かなかったのか審査委員(秋元康島倉千代子野口五郎麻丘めぐみ・犬飼将博の5人)を鬼の様な審査委員だね!と怒りながら批判した。

伊藤利尋名倉潤原田泰造西山喜久恵内田恭子の5人に「優勝チームは何処か?」と突然質問を出した所、伊藤を除いた西山、内田、名倉、原田の4人が一致して「決められないですよ」と言う答えに(伊藤アナに至っては「何でそんな意地悪な質問をするんですか?」と困惑顔で発言)。みのは優勝チーム発表の大役を任せられた。すると、「クイズ$ミリオネア」でもお馴染みの「みの溜め」をおよそ7秒間・生で行う、放送事故スレスレの行為をした。

優勝した日下ファミリーが「本当に書いてあったのか」と確認している途中で割込みをして特にあかねちゃんとみどりちゃんに「ちょっと、中身の確認してじゃないのよ!」とまるで珍プレーナレーションを彷彿とさせる一人舞台を繰り広げた。

個人的に納得がいかなかったみのは審査委員(秋元康島倉千代子野口五郎麻丘めぐみ・犬飼将博の5人)を睨み付けた。

優勝は新潟代表の日下ファミリー。祝すべく打ち上げられた特効弾の勢いが強すぎてみのもんた等が驚いた。日下ファミリーには優勝のトロフィーと中国・上海の旅が贈呈された。 「さんま・中居の今夜も眠れない」の山形・飛島中継で、深夜に酒を飲んで泥酔していた笑福亭鶴瓶の尻を丸出しにして寝ているところが全国に茶の間に流された。無理矢理起こされた鶴瓶は突然、「若手時代のさんま駆け落ち事件」を暴露してしまい、鼻水を垂らして笑うなど、見るに耐えない状況が放送される。(その後、番組終了まで“史上最悪の中継”と言われる羽目に。しかし翌年、更に最悪な事件が起こる。) F1世界選手権第10戦イギリスGP予選 競馬中継マーメイドステークスを石巻ゆうすけアナウンサーの実況で生中継。その後、マーメイドステークス発走直前に行われた七夕賞を高橋雄一アナウンサーの実況で録画放送。 フィナーレ フジテレビ新人アナ披露は、中野美奈子渡邉卓哉中村仁美の女性2人・男性1人の計3人。須田哲夫が新人アナを紹介した。 みのもんたが「どうぶつ奇想天外!」に出演している(録画)ため、その間の8時から8時54分まで出演できず、この年から9時00分まで放送、みのは8時54分から登場した。 フィナーレは、涙を流しながら話すみのの独演会状態になった。 提供CG:フジテレビキャラクター・ラフくんが登場し、音符が出る度に社名が変わるもので、じゅうたんが青色か緑色だった。 放送の一部に、華やかな花火を背景にした東京ディズニーランドが"生放送"されるものの、実際にはその時間に花火は打ち上げられていなかった、実はCGだった事が周辺住民の証言から明らかになる。 エンドロールの体制は「FNS フジネットワーク各社」として中継プロデューサー・ディレクター・技術を一括して縦一列に紹介した。

27時間テレビの第17回(2003年)

総合司会 : みのもんた

進行アシスタント : 西山喜久恵高島彩

メインパーソナリティー : モーニング娘。

放送日 2003年6月28日 - 6月29日 秋に開催された世界柔道OSAKA2003FIVBワールドカップバレーボール2003の中継準備のため、初めて6月に放送した。「メインパーソナリティー」という肩書でモーニング娘。が出演した。 テーマ 前年の「みんなのうた」に「再会」というテーマを加え、前年にも増して感動企画が多数を占めた。視聴率10.3%(2007年現在「FNSの日」の最低平均視聴率)を記録した。「お笑い」コーナーであった「さんま・中居の今夜も眠れない」の視聴率は深夜帯にもかかわらず高かった。翌年のFNSの日はバラエティ中心になった。 全国各地再会企画を放送した。テレビ新広島・東海テレビ放送・富山テレビ放送の再会企画と、テレビ西日本と新潟総合テレビの2局合同再会企画が放送された。 オープニング オープニングテレビ生誕50年に因み、過去50年の大ニュース映像集だった。フジテレビ球体展望台(CG)から飛び込んでスタート。2002年のオープニング、田中耕一ノーベル科学賞受賞、小泉純一郎内閣総理大臣(当時)、宇宙飛行士向井千秋皇太子徳仁親王徳仁親王妃雅子宇宙飛行士毛利衛貴乃花の優勝時の表情、平成の元号を発表する小渕恵三、読売ジャイアンツの逆転優勝時の胴上げ、大阪での日本万国博覧会「EXPO'70」の太陽の塔、ビートルズの日本来日、アポロ12号の月面着陸、東海道新幹線開業、そして最後は天皇(明仁)(当時は皇太子)の成婚、の順番に映像が流れ生放送のスタジオへつながった。 各コーナーの概要 昨年失笑を買った内田恭子アナウンサーの音痴を直そうと、ビビる大木や米良美一らが駆けつけ矯正した。 感動ファクトリー・すぽると!は予定より短くなり、7分の放送。プロ野球の結果はセ・リーグのみ。大リーグヤンキース・松井秀喜VSメッツ・新庄剛志(当時)」の「サブウェイ・シリーズ 第2ラウンド」と、競馬の「第44回宝塚記念」の3項目だけだった。中居が競馬の予想をし、タップダンスシチーが勝つ(結果3着)、「シンボリクリスエスは「2002年の有馬記念以来、1回もレースに出ていない。ぶっつけ本番だから厳しいかも」と発言した。(結果は5着) 復活要望の多かった「桑田佳祐音楽寅さん 〜MUSIC TIGERサザンオールスターズスペシャル」を全編放送。光臨丸帽子をかぶった桑田佳祐平井堅セッション。この日行われた鎌倉市建長寺でのライブも放送。ライブが夜間で、映像の雰囲気が生放送の様に見えたため、視聴者が勘違いしてないよう、「この模様は事前に収録したものです」と最後にテロップが入った。また終了後アシスタントアナウンサーが「視聴者の皆様へお断りいたします。この模様は事前に収録したものです。今建長寺に行きましても、サザンオールスターズはいませんのでご注意ください。」と断った。 辻加護フジテレビ探検隊、一部地方局で放送されず、地域によっては別企画を放送する事を事前に告知していなかったため、放映されなかった地方局に抗議が来た。 朝のコーナーFNS女子アナ対抗!家族そろって歌合戦!」は、有志とバンドを組んだテレビ新広島の天野陽子アナが優勝。 「ドーハの悲劇」から10年を記念し、ラモス瑠偉が当時のイラク代表選手3人と当時の日本代表選手6人の合計9人との再会でドリームチームを組み、一般公募のフットサルチームと試合をした。 モーニング娘。の舞台楽屋から生中継高島彩アナウンサーの母のみそ汁がクイズにされた。 総合司会のみのもんたが当時の「プロ野球ニュース」の解説者等と、安倍なつみが小学生時代の恩師と再会、共に感涙した。安倍なつみは恩師の前で大きくなった自分の姿を披露した。 「みのもんたと爆笑問題のみんなで選んだみんなのうた」で「プレイバックPart2」を松浦亜弥が熱唱、RAG FAIRアニメソングメドレーを熱唱。このコーナーの中で放送した競馬中継宝塚記念」(リポーター後藤真希)に対して、未成年をギャンブルの現場に登場させる事についての抗議と、競馬ファンからGI競走の中継が見られなかったことについての抗議が殺到した。また、関東・関西地区ではUHFの放送局で競馬中継を放送したが、他の一部地域ではGIにもかかわらずフジテレビ系列以外で中継がされなかった。 「フジテレビ新人アナ披露2003」は田中大貴石本沙織戸部洋子長野翼の男性1人、女性3人の計4人。 提供CGはオンプーくんが登場し丸める度にスポンサーが変わるものだった。絨毯が青→緑→青…と変化するものと黄緑→オレンジ→黄緑…と変化するものがあった。 放送事故 笑福亭鶴瓶は前年、酒を飲んで泥酔、さんまの昔話などを暴露するなど問題を起こしたため、オープニングでは「絶対に酒を飲みません」と公言した(飛島中継)。しかし次の中継では既に村長と酒盛りをし、夜10時には「居酒屋つるべ」をオープンさせた。隣に座ったおばあちゃんの乳を揉んだり、放送禁止用語を叫ぶなど連発。 「さんま・中居の今夜も眠れない」の中継では笑福亭鶴瓶が生放送中にも関わらず泥酔しており、中居正広が呼ばれ起き上がった瞬間に局部を露出してしまう。一緒にいたココリコ遠藤章造スタッフ座布団等フォローをしていたが、結局映ってしまった。同コーナー終了後高島彩アナウンサーが「お見苦しい点があった事をお詫び申し上げます。」と謝罪。 鶴瓶は局部露出について後日フジテレビに謝罪をした。また翌日の新聞に記載されるほどの事態となった。 結果、関西テレビフジテレビは約3年もの間出入り出来なくなってしまった。

27時間テレビの第18回(2004年)

FNS27時間テレビ めちゃ×2オキてるッ!what A wide awake↑we are! 楽しくなければテレビじゃないじゃ〜ん!!

27時間テレビの第19回(2005年)

FNS ALLSTARS あっつい25時間テレビやっぱ楽しくなければテレビじゃないもん!

27時間テレビの第20回(2006年)

FNS26時間テレビ 国民的なおもしろさ!史上最大!!真夏のクイズ祭り 26時間ぶっ通しスペシャル

27時間テレビの第21回(2007年)

FNS27時間テレビ みんな“なまか”だっ!ウッキー!ハッピー!西遊記!

27時間テレビの第22回(2008年)

FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!

27時間テレビの複数回行われた企画

笑っていいとも!増刊号スペシャル(1987-1990年、1992-1996年、1998-2001年、2004年- )

笑っていいとも!増刊号の生放送版。通常の笑っていいとも!に加え、特別企画が行われる。「第1回」(1987年)、「リンピック」(1996年)、「'99FNS27時間テレビ夢列島」(1999年)は2部制だった。

プロ野球ニューススペシャル(1987年-2000年)→すぽると!スペシャル(2001年以降)

多彩なアスリートゲストの出演や生中継などが行われる。

全国縦断27時間夢ドミノドミノ倒し、1998年-2000年)

1998年の元旦に放送された「SMAP×SMAP '97→'98/カウントダウンスペシャル」で行ったフジテレビドミノ全国版。北海道文化放送の車・トラックドミノは3年連続で失敗した。2001年は「大嵐浩太郎のひとりドミノ」を予定していたが明石花火大会歩道橋事故のため中止。

さんま・中居の今夜も眠れない(2000年- )

タイトルは「さんま・中居の今夜は眠れない」(2000年)、「さんま・中居の今年も眠れない」(2001年)、「さんま・中居の今夜も眠れない」(2002年-2004年・2006年- )、「さんま・中居・鶴瓶の今夜も眠れない」(2005年)。 深夜の定番となった明石家さんまと中居正広による台本が一切ないフリートークコーナー中継コーナー時等に隣のセットからチャイムを鳴らし、知らせる進行アナウンサーは2000年・2001年が小島奈津子(現フリーアナウンサー)、2002年-2004年は西山喜久恵、2005年以降は佐々木恭子が担当。 明石家さんまが好みの女性をフリップランキング形式で発表する「さんまのラブメイト」という企画が恒例になっている。ラブメイトに該当する一般視聴者の女性を募集して電話をつなぐ、などの企画がある。笑福亭鶴瓶の局部露出事件はこのコーナーで起こった。2004年はナインティナイン、2005年は島田紳助、2008年は大竹しのぶがゲスト。 2000年当時の設定では、「さんまか中居のどちらかが結婚したらこの企画は終了」ということになっていたが、ここ数年常連化したためこの設定は消滅しかけている(2004年と2007年にはさんまと中居はその設定に一切触れていない)。

裏めちゃイケ(1998年、2001年)

めちゃ×2イケてるッ!の深夜版生放送。殿様のフェロモンを彷彿とさせる「エロ企画」。

BISTRO SMAP SPECIAL(1998年-2000年、2007年)

SMAP×SMAPの1コーナーBISTRO SMAP」の生放送版。 ゲストは1998年が細川護熙、1999年は野猿、2000年は田中真紀子、2007年は総合司会香取慎吾SMAPメンバーがゲストになるのは1996年のコーナー開始以来初)。

ボク生きスペシャル(1998年-2000年)

中居正広のボク生き」の生放送版。

SATURDAY NIGHT LIVE×LIVE(1999年、2000年、2002年)

アーティストを迎えての音楽コーナー

真夏の爆笑ヒットパレード(2001年-2003年、2005年)

若手芸人が登場しネタを披露するコーナー

27時間テレビのスペシャルドラマ

1999年「めぐりあい」主演:菅野美穂(脚本・橋田壽賀子

2000年「父さん」主演:萩原健一

2002年「東京物語」主演:宇津井健、松たか子

2003年「海のオルゴール」主演:松雪泰子

2005年「THE WAVE!」主演:明石家さんま- 実際の時間とリンクして放送。

27時間テレビのスポーツ中継

プロ野球

K-1

F-1

競馬

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『27時間テレビ』より
取得日:2008-07-29

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