27時間テレビ(27じかんてれび)、FNS27時間テレビは、1997年以降のFNSの日の通称であり、1年に1度夏に行われる。毎年、1つのメインコンセプトテーマをおき、それに沿って生放送される。なお、近年では放送時間が25-26時間になることが多いが、本項目では便宜上、回数が多く通称として使われる「27時間」テレビとしている。
制作著作はフジテレビではなくFNSフジネットワーク(またはFNSフジネットワーク28社)となっている。( 24時間テレビ は製作著作がキー局の日本テレビ)
1987年 - 1991年のFNSの日はFNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島を参照。
1992年 - 1996年のFNSの日は平成教育テレビを参照。
27時間テレビのタイムテーブル
※2005年以降については、その年ごとの番組項目を参照の事。
27時間テレビの20世紀の放送遍歴
この項での記述は、お台場に移り27時間になった1997年からとする。
27時間テレビの第11回(1997年)疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル 〜REBORN〜
司会 : ダウンタウン
この年の春に新宿からお台場に社屋を移転したフジテレビが新しいことを始めようと特番を連発し、ダウンタウンを司会に抜擢。初期の夢列島、及び、北野武を中心とした内容とは一変し随所に歌手・アーティストが出演した。「HEY!HEY!HEY!」を主体としたコーナーが多かった。
放送当日に台風9号が直撃したため、番組内容を急遽変更。野球中継が中止になり、「全国各地から船で27時間内に食材を運ぶ」企画も変更された。
プロ野球ニュースのステレオ放送が開始され、音楽コーナーもあったためステレオ放送になった。この年から、高知さんさんテレビとさくらんぼテレビがネット開始。山形では1992年の山形テレビの放送打ち切り以来、5年ぶりに放送を再開した。
27時間テレビの概要
オープニングからダウンタウンの2人が「 疾風怒濤!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル〜REBORN ってこんな長いタイトル誰がつけたんや!!誰や!」と長いタイトルを非難した。
台風関連
オープニングの後に放送する予定だったナゴヤドームでのプロ野球 中日-巨人戦が台風のため中止(ナゴヤドームでプロ野球の試合が中止されたのは初めて)になり、急遽ヤクルトの野村克也監督、古田敦也、ドゥエイン・ホージー両選手(いずれも当時)が招かれ、オールスター戦のダイジェストとヤクルト選手などの名珍場面を放送した(神宮球場のヤクルト戦も中止だった)。また、「お台場GAME BATTLE」のみ出演の予定だった「ビーチボーイズ」の俳優陣(反町隆史・竹野内豊・広末涼子・稲森いずみ・マイク眞木)が中継に登場した。
プロ野球は福岡ドーム(当時)以外の4試合も中止し1試合しかなかったため、「プロ野球ニュース」も内容を変更、「居酒屋あぶさん」からの中継を継いで「緊急討論・巨人は優勝できるか?」を放送した。
7時台と9時台に台風情報を放送した。
深夜帯
「LOVE LOVEあいしてる」スペシャル内で中居正広がKinKi Kidsに電話をかけた。
深夜企画ではブレイクする前のココリコ、雨上がり決死隊、ネプチューン、オセロやチュパチャップス(ほっしゃん。と宮川大輔)などが出演した。ココリコはこの年以降「27時間テレビ」に連続出演している。
また「ブラ綱引き」コーナーで東野幸治のリアクションが多くリプレイされ、松本が「この東野のリアクションは 大エンディング で流そう」と決め、CM明けのコーナーで今度は浜田が「ええリアクションは 大エンディング で…」と「大エンディング」発言が連発され、後に番組最後の中CMのあとのコーナーが「大エンディング」と言われるようになった。
出演者が特設テントの中で「ぷよぷよ」をした。
浜田が志村けんと、大箱根カントリークラブにて早朝ゴルフ対決。
お台場特設会場(観衆1万人)
前年に引き続いて「全国フリースロー選手権大会」を開催。決勝はお台場の特設会場。優勝は福島テレビで、最終戦のドリームマッチでもデニス・ロッドマンに勝利。決勝戦はCMを入れず完全生放送。
MAX、T.M.Revolution、SPEED、Every Little Thing、GLAY、PUFFY、華原朋美、西城秀樹が特設野外ステージでスペシャルライブを行った。(前日と変わり晴天)。
「大決戦!日本列島エエヒト怪獣ツルベVSワガママ怪獣ヒトシ」では、互いに同姓同名の素人(中継で登場)と組んで対決。鶴瓶は「日本一名前の長い人を選ぶ対決」で正解の 藤本太郎喜左衛門将時能 (奈良県在住)を選んだにもかかわらず負けとされ、お尻を焼かれた。
「さんまのスポーツするぞ!」ではさんま・今田・東野・ナイナイのさんまチームがロッドマンとフリースロー対決をし、岡村と東野が決め2対1でさんまチームが勝利した。(松本vsロッドマンのビリヤード対決終了後、ダウンタウンとさんまの共演もあった)
「めざましテレビ 達人SP」にて、武道家の玉城厚志が「1分間の瓦早割り」に挑戦。それまでの世界記録の191枚を89枚更新する280枚の世界新記録を樹立した。静岡、大阪、愛知、岩手、福島の5ヶ所からも達人が登場した。
夕方は「川端健嗣・篠原ともえのザ・ヒューマン特別版」を放送。
長時間の出演で疲れ切った状態で、西川貴教とトーク&KinKi Kids・吉田拓郎の中継が行われた。
グランドフィナーレ
梅宮辰夫らが食材を各地から集めて調理。食材は漁船に乗せて全国からお台場に向けて送る計画であったが、当日の荒天によりテレビ静岡等の出した8隻は断念した。
福岡から玄界灘のヤリイカと共に遣って来た女の子は、土曜日に「浜ちゃん(総合司会の浜田)に会いたい」と発言していたが日曜日に本当のところを質問した所「パフィー」と言って2人と握手をした。
1997年の「フジテレビ新人アナ披露」は宇田麻衣子、春日由実、桜井堅一朗、深澤里奈の男性1人、女性3人の計4人だった。
この年から提供CGで、社名ロゴ上の「提供」は省略される。この年は画面下に青色の長方形が登場し、その図形がアクションするときに提供社名が切り替わった。
27時間テレビのFNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島(1998年-2000年)
SMAPのリーダー中居正広を総合司会に据え、当時若者を中心に人気だった「サタ☆スマ」をベースに放送。進行役はフジテレビアナウンサーの西山喜久恵。前年の平均最低視聴率11.7%を下回らないようにこの年から感動路線に転向したが、賛否両論だった。この路線転向にはジャニーズ事務所の意向が働いている。
またこの3回は、総合プロデューサー荒井昭博、総合演出坪田譲治、構成鈴木おさむの3氏が製作を指揮していて、3氏の関わっている「中居正広のボクらはみんな生きている」(1998年)→「中居正広のボク生き」(1999年?2000年)、「笑っていいとも!増刊号」に「SMAP×SMAP」の人気コーナー「BISTRO SMAP」のスペシャル版や新春に放送している「女子アナスペシャル」の「FNSの日」スペシャル版と当時「いいとも!」レギュラーの一人だった橋田壽賀子原作のスペシャルドラマ(1998年を除く)などで構成された。
「笑っていいとも!増刊号」はこの3回に関しては2部構成として放送された。
27時間テレビの第12回(1998年)〜てれずにいいこと・てれずに楽しく〜
司会:中居正広
何をやるのかまったく知らないままスタジオの前で立ち尽くす中居の姿が映し出されたオープニング。「ドミノを27時間以内に立てられるか」という企画が始まり、翌年から北広島市で連続して行われた(北海道文化放送が中継)。”倒れない車ドミノ”は特徴的。番組テーマの「てれずに〜」は“照れず”にと“テレビ”をかけている。
この年から「グランドオープニング」で総合司会・進行アナが番組タイトルをコールしてから番組タイトルロゴCGを表示する形になった。
1999年・2000年の中居・荒井時代は「グランドオープニング」でスタジオにいる出演者及びSMAPのメンバーと共にタイトルコールをしたがバラバラになり、2002年・2003年の「みんなのうた」の場合は総合司会者のみのもんたが「FNS27時間テレビ」の後・進行アナなどが「みんなのうた」とコール、2004年・2005年では言う人を分担したが、2006年以降は総合司会者が全てのタイトルを言った後に番組タイトルロゴCGを表示する形になっている。ただ、2001年は木梨憲武が番組タイトルではなく「新人(アナ)は濡れた方がいいぞ!いくぞー!」と言った後に番組タイトルロゴCGを表示した。
この年からCM明けのBGMが流れるようになった。
ナゴヤドームから2年連続の生中継。また、名古屋「K-1 DREAM98」を中継。中居と西山が現地の千秋と勝俣州和の2人と共に開会宣言をした。
この年に放送した視聴者クイズの「ラブ・クエスチョン」で出題された問題の一連。
1年間に使う電池を縦に並ばせた時にどれ位の量になるか?→地球3周分
待機電力で1年間、どの位の料金が掛かる?→およそ8,000円
「生LOVE LOVE あいしてるスペシャル」の最後に東野幸治が放課後電磁波クラブの衣装で乱入。
「流出!裏めちゃイケ」では90年代前半にフジテレビで放送された深夜番組「殿様のフェロモン」の名物コーナーだった「ハケ水車」が登場。これまでの水車は水が出なかったが水を出す改良をしたが、正解発表のとき、岡村・中居のあたりに水が飛び、さらにはダチョウ倶楽部の上島竜兵がウケねらいで洗顔をした。
2年ぶりにこの枠で放送された「笑っていいとも!増刊号スペシャル」はお台場・フジテレビのスタジオではなくスタジオアルタからの放送だった。後半・永井美奈子のヒミツを当てる問題で、加藤浩次は「中年男性のウップンを受け止める」と答え、タモリは「今、何時だと考えろ!夜中のナイナイのコーナーじゃないから」と激怒。その加藤はナイナイのコーナー「流出!裏めちゃイケ」にも登場した。
陣内孝則、柳葉敏郎司会の「ハッピーバースデー!」生放送スペシャルでSMAPのメンバーたちが草?剛の誕生日を祝った。
FNSの日開始以来、初めて報道番組が放送された。報道2001の特別版「報道2001 もう大人には任せて置けないスペシャル」では、30人の子供達が亀井静香、田中真紀子、鳩山由紀夫の3人の政治家とトークをした。鳩山は途中で他の仕事のために退席し、エンディングで幸夫人と共に登場した。
この年のFNS27局対抗戦は いいこと、しよう と言う気持ちも込められた「FNS空き缶アートフェスティバル98」で、様々な作品が登場した。ある人によって開催された対抗戦はそのアートに使われた各局の空き缶数で決められ、唯一8万個を越たテレビ愛媛が、準優勝のテレビ新広島に2万個近い大差をつけて初優勝した。また仙台放送は放送時間に間に合わず途中まで出来ていたのにその作品を崩してしまった(対抗戦で言うと失格)。スタッフの内、2人が海に「完成出来なかった悔しさ」を乗せてダイブしていった。集まった空き缶の数は目標個数500000個に対して636547個だった。
ドミノ前に「マイク・ベルナルド&木佐彩子VS中居正広&西山喜久恵」のミニトーク。
最後のドミノをタモリ、笑福亭鶴瓶、鳩山由紀夫&鳩山幸夫人、中居正広の順に置いてから、ドミノが倒された。結果は、立て方が甘かったり前述の”車ドミノ”等で綺麗に倒れる事が出来なかった。
「フジテレビ新人アナ披露」は西岡孝洋・荒瀬詩織・八馬淳也・島田彩夏の男性・女性2人ずつの4人だった。
この年の提供CG:番組キャラクターらしきサルとバナナが登場。バナナがむけるたびに提供社名が切り替わった。通常 〜の提供でお送りします にあたる部分は出てくるバナナの色が違っていた。また、 〜お送りしました の部分では出しがサーフィンでマスコットの顔が変わった後、回転し別のスポンサーに切りかえる。この回から2003年までは前後の提供クレジットが統一から前後別々になった。
27時間テレビの第13回(1999年)〜てれずに楽しく・てれずに愛して〜
司会:中居正広
この年は18:00開始だったが、1992年以来内包番組のスポーツ中継が無くなった・
中村玉緒が福岡・太宰府天満宮から「成功祈願ドミノ」(実況アナウンサー・川崎聡)
タモリがドミノ監督として復帰。
前回(1998年)の夢ドミノで失敗した岡山と北海道。今回は明暗がくっきり分かれた。
岡山は前回止まってしまった石ドミノの下にベニヤ板を乗せて対策し、リベンジ成功。同局はドミノマッチに負けた為、罰ゲームとして人間ドミノ・10体も投入。北海道は車ドミノがまた上手く倒れず失敗。だがトラックドミノ3台の方は倒れた。
鹿児島テレビのドミノ倒しでは豪華なドミノが登場した。鹿児島県北部の住友金属鉱山菱刈鉱山の協力で1個10kgの金塊を20本、合計200kgを使用。総額は2億円(1本/1000万円)にも上り現地リポーターの角盈男を驚かせたが本当は全てレプリカだった。
深夜コーナー「よる☆スマ」はキャイ〜ン、ココリコ、極楽とんぼがヤング代表として、ガッツ石松、鈴木史朗、大竹まこと、石田純一の4人がアダルト代表として参加。バター犬や合コン相手登場等、前年の裏めちゃイケ同様、お色気と暴露企画を展開した。
プロ野球ニューススペシャルの特別企画として「ジャイアンツ秘法館」を放送した。日本全国からジャイアンツ関連の品物を紹介した。
サタ☆スマの香取慎吾プレゼン企画で、香取と子供たちが作った手作りのコーナー「うたまるまるだいなくしょう」を放送。
「笑っていいとも!増刊号スペシャル」の中のCM明けに、約1分間別スタジオで休憩中の木佐の音声が入るハプニングがあった。このハプニングに関する謝罪はなかった。
スーパーバスケの開始前にブレイクモンキーズによるスペシャルダンクショーがあった。
スーパーバスケの延長戦ルールは1ラウンド毎に異なり、第1回戦は女子アナフリースロー、第2回戦は中継先でのダンク勝負。準々決勝は第1回戦同様の女子アナフリースロー、準決勝は選手によるフリースローそして決勝戦は全員参加のフリースローと変わった。
「フジテレビ新人アナ披露」は、内田恭子、大橋マキ、長谷川豊の男性1名と女性2名の計3名で行われた。
この年の提供CG:愛のキューピッドらしき番組キャラクターが画面下両端に出てきて、双方が弓を射る度に提供社名が切り替わる。
27時間テレビの第14回(2000年)〜家族 愛 Love You〜
司会:中居正広
この回は7月8日・7月9日の放送で、例年だと7月第3週に放送されているのだがこの週にFNS系列局の在札局である北海道文化放送主催の「東洋水産レディス北海道」(現在の「Meijiチョコレートカップ」)の最終日の放送の兼ね合いから7月第2週と前年より早い時期に放送された。
サタ☆スマの企画「中居の27時間赤ちゃん預かります!」が通し企画。各コーナーに赤ちゃんが登場した。
SMAP×SMAPの企画(ゲーム)、スーパーバスケで各局が対戦し、前年に引き続きサガテレビチームが優勝した。
サタ☆スマの企画「境界線クイズ」をFNS各系列から選抜された12局で競う「全国境界線クイズ王座決定戦」を開催。鹿児島テレビと山陰中央テレビが並びジャンケン・プレーオフで鹿児島が優勝。
勝俣州和・キャイ〜ン・ココリコ・大橋マキ・佐野瑞樹の7人が「お台場ドリームチーム」としてスーパーバスケに挑戦。しかし27時間内で一度も成功しなかった。その原因の9割近くがキャイ〜ンのどちらかにあったとの判断。そこで後日100%キャイ〜ン!の中で再挑戦し、なんとか成功した。
「さんま・中居の今夜も眠れない」がこの年始まった。
夜コーナー「ボク生き夏の祭典スペシャル」で登場した大人に見える小学生に対し視聴者から抗議・苦情があった。
深夜コーナー「女子アナといろいろやってみようスペシャル」」の「ココリコ投稿番長スペシャル」でココリコが草?剛、キャイ〜ンらとともにネタを制作し、FNS各局の女子アナがジャッジ。ココリコらは惨敗し、電気椅子で感電の刑に処せられた。
朝のサタ☆スマ初の生放送スペシャルで、慎吾ママが中継で登場し、マヨネーズを使った料理を作った。
インフォメーションを担当した大橋マキは身長150cmなので台に乗って佐野瑞樹と身長をあわせていた。
グランドフィナーレでは、政井マヤが「日清食品」を「日本食品」と読み間違える、SMAPら出演者が「ベストフレンド」を熱唱中にパンチUFOが乱入する、などのアクシデントがあった。
「フジテレビ新人アナ披露」は政井マヤ、千野志麻、梅津弥英子の女性3人で行われた。男女が揃わないのは初めて。露木茂の立会はこの年で最後になった。
ドミノ倒しは2年連続失敗に終わっている北海道の車ドミノに注目が集まった。当地の北海道大学と協力して挑んだが10台目で止まってしまった。この時に野々村真が、「中継所の最高責任者や北大教授等のせいで失敗した」と彼らに責任転嫁した。
提供CG: サタ☆スマ の番組キャラクター「サタッペ」「スマッペ」らしきくまのキャラクターが画面下に登場。2匹がアクションする度に提供社名が切り替わる。
「ちびまる子ちゃん」が字幕放送になった関係で一部字幕放送開始。
27時間テレビの21世紀の放送遍歴
27時間テレビの第15回(2001年)/FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島
進行:西山喜久恵、木佐彩子、小島奈津子
正式タイトルは「FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島」。このタイトルはユースケ・サンタマリア司会の「プレゼンタイガー」(2001年6月放送)で2つの候補の中から決定。(ちなみにもう1つの候補は「FNS1億2700万人のファイナルアンサー笑う27時間TV」だった)。
総合司会は前年の中居正広からこの回は据えず番組のコーナーごとに司会をバトンタッチした。また、番組全体の司会進行役としてフジテレビ女子アナウンサーの3人(西山喜久恵、木佐彩子、小島奈津子を起用した。
番組のテーマ曲はサザンオールスターズの「希望の轍」。番組テーマが「希望」であったことから。
1997年以来総合プロデューサーを務めた水口昌彦が4年ぶりに復帰するものの、またしても最低視聴率を更新してしまった。(逆に関西地区の平均視聴率は15%とキープした。)2003年まで「第2次氷河期」になった。
福岡ドーム(後の福岡Yahoo!JAPANドーム)からの開会宣言は、同年のサンヨーオールスターゲーム両軍監督、王貞治と長嶋茂雄が握手をして開会宣言した。
27時間テレビの各コーナーの概要
プロ野球オールスター戦を放送したとき、選手のインタビュー中に堀内健が周囲を凍るギャグをしたために日本プロ野球選手会から「今後フジテレビのオールスター戦の中継の自粛を要請する」と告げられることに(2004年7月10日よりオールスター放送復帰)。この件に関しては当時の新聞や「週刊ベースボール」でも批判する投書が掲載された。
とんねるずが、ネプチューン・キャイ〜ン・ココリコを各地に飛ばす企画で、石橋貴明が木梨憲武とのパター対決で思い切り打ち、ボールをモニターに激突させ破壊してしまった。
「ダウンタウンのお笑い能力開発ゼミナール」で、学級委員役の松本人志の思惑と違うスベリ雰囲気となってしまい「こんなんちゃうねん!」と連呼。ガッツ石松や木村祐一らが迷回答を披露したが、優勝は板尾創路。またコーナーの直後の中継先・静岡県沼津市の愛鷹パーキングエリアでは、ココリコの田中直樹が追い詰められて「お笑いは天職です」と叫んだ。
「FNS最強キャラクター大相撲」で、ラフくん人形の着ぐるみの中に入っていたのは里谷多英。最終対決は、仙台の地区予選で「正上位」発言をした岩手めんこいテレビの「ミットくん」関と、優勝したテレビ愛媛の「ビビットくん」関。最初は岩手のミット関が一気に愛媛のビビット関を追い込んだが愛媛のビビット関の廻り込みに勇み足をした。仙台予選では物言いのつく一番もあった。また、ウド鈴木が担当した予選では着ぐるみ達と仲良くなっていたり、関西テレビの「ハチエモン」関が仙台放送の「JUNI」関に逆転負けしイチャイチャしているシーンがあった。福井テレビの「イヤイヤちゃん」関は予選で敗退し悔しがった。
深夜の「エブナイ」の中で「日本全国うまいもの対決」をやり(ユースケ出演)、ネプチューンの原田泰造はキャイ〜ンの天野ひろゆきにだまされ罰ゲームを受けた。
内村光良が 笑う犬の冒険 のキャラクター・大嵐浩太郎に扮し、一人ドミノという企画が進行していたが、土曜日の夜に兵庫県明石市の花火大会で死傷事故(明石花火大会歩道橋事故の項を参照)が発生し、ドミノ倒しが将棋倒しを連想させてしまうということで、明石事故の犠牲者及び負傷者に対する配慮並びに視聴者への影響も考慮し、フジテレビはこの企画を中止した。大嵐こと内村は「京都でやりたかった」と悔しがっていた。
22日の昼13時過ぎのコーナー「明石家さんまの中間反省会」はこの時間までの27時間テレビを振り返り、明石家さんまがダメ出しをするコーナー。めざまし時計にこれまで登場した出演者のメッセージが。ナインティナインの矢部浩之は「怖い怖いいうて、俺に泣きつくのやめろや」とココリコの遠藤章造を叱咤激励。ドミノ企画の中止で早々に帰った内村に電話をかけたところ、家で寝ていたらしく大嵐を演じることなく「内村です。」と電話に出てしまい、キャイ〜ンの天野らに「もう少しキャラ作ってください。」とツッコミを入れられる。その後スタジオ入りしたさんまはこの事情を知らず、自分はわざわざ家から出てきたのに内村は電話だけだったのに対して「あいつの方が大物やな」と嫌味を浴びせた。
BIG3コーナーの車庫入れシリーズが復活。名倉潤のシボレーが破壊された。進行役は今田耕司、ほんこん、村上ショージ。ビビる大木がハンドルを握り、花壇に乗り上げて登場。かつてのたけし以上に派手にブロック塀に当ててしまう。CM後には車に付けられた風船をトスバッティングで割る企画に。途中、軟球から硬球に変更され、さんまも「これは酷すぎる」と言い出した。最後には山口智充が砲丸投げ選手に扮して登場し、名倉が止める中、窓ガラスを粉々に割ってしまう。車庫入れシリーズ史上最も破壊されたが、壊された車の会社側が「宣伝になる」として無料で修理した。
クイズ$ミリオネア 初の生放送では、明石家さんまがクイズに挑戦(当初応援ルームにいてクイズに挑戦する予定がなかった)。ライフラインのテレフォンで前妻の大竹しのぶに生電話。このときから並び替え早押しなしの「エキシビジョン・マッチ」が登場した。
| ピリオド |
挑戦者 |
結果 |
賞金 |
備考 |
| 1 |
遠藤章造 |
Q09NG |
10万円 |
テレフォンブレーン・横山三兄弟 |
| 2 |
明石家さんま |
Q10NG |
10万円 |
テレフォンブレーン・大竹しのぶ |
| 3 |
ユースケ・サンタマリア |
Q10NG |
10万円 |
7月26日に結果が放映 |
以上、「とっても安上がり(の賞金放出)」で終了した。
とんねるずのハンマープライス (関西テレビ放送、オークショニアは杉本清)が一夜限り生放送で復活。木梨の車を西山が乗り回した。
「フジテレビ新人アナ披露2001」は男女3人ずつの6人。男性は岡田浩揮、森下知哉、渡辺和洋、女性が高島彩、福元英恵、森本さやか。局アナが立会人をすることが多いが、今回はとんねるずが「新人アナ披露」の立会人を担当した。えこひいきが激しく岡田や渡辺は自己紹介の途中で石橋に邪魔された。
27時間テレビのその他
前年まで 制作著作 フジネットワーク27局 だったが、この回だけ 制作著作 フジテレビ と表示された。
1993年よりしばらくニュー