クリスティアーノ・ロナウド・ドス・サントス・アヴェイロ(Cristiano Ronaldo dos Santos Aveiro、 1985年2月5日 - )は、ポルトガル・マデイラ諸島フンシャル出身のサッカー選手。マンチェスター・ユナイテッドFC所属。ポジションはミッドフィールダー(サイドハーフ)、フォワード(ウイング)。
C・ロナウドのプレースタイル
独特なリズムと、シザーズなど足下のフェイントを取り入れた高速ドリブルが特徴。重心が低く安定しているにもかかわらず、抜群の脚力と高度なテクニックで相手を抜き去る。ドリブルについては、「フェイントがワンパターン」「数ステップは基本的に抜きにかかることがない」などの批判がある。しかし、彼は遊び心あるドリブルが自分の武器だと考えていてスタイルを変えるつもりはないらしい。
左右どちらのサイドでもプレイができ、どちらの足でも強烈なシュートを打つことができる。またドリブラーとしては珍しく体格にも恵まれており、その身長を生かした打点の高いヘディングからの得点力も高い。
またフリーキック自体の精度は劣るもののジュニーニョ・ペルナンブカーノ、アンドレア・ピルロのように揺れて落ちる無回転シュートを蹴ることが出来る。接触プレーにおいては倒しにきた相手には逆らわずに倒され、ファウルによるフリーキックを狙うことが多い。
PKでは助走の途中でスピードを下げ、キーパーのタイミングをずらすスタイルを得意としている(2007-08チャンピオンズリーグ決勝のPK戦では、チェルシーのGK・ペトル・チェフにこの作戦を読まれ、PKを止められている)。
イングランドに来た当初は波があり、球離れの悪さから決定的なタイミングを逃したり、ドリブル突破が得点に結びつかないプレーをすることがあり「ドリブルだけの選手」だとか「肝心な時の球離れが悪い」といった評価もされていた。しかし近年はこうした部分も改善されてきている。
C・ロナウドの経歴
1996年、スポルティング・リスボンユースへ入団した。2002年にリーグ戦デビューを果たし、クラブ史上最年少でゴールを決めた。世代交代を進めていたポルトガル代表にとってもロナウドへの期待は大きく、2003年8月20日のカザフスタン戦でデビューを果たした。時を同じくして、移籍金1200万ポンド(約22億円)という10代の選手としては破格の移籍金でマンチェスター・ユナイテッドへ移籍し、背番号もレアル・マドリードへ移籍したデビッド・ベッカムが付けていた7番に決まった(本人は当初28番を希望していた)。
マンチェスター・ユナイテッドでは移籍初年度からレギュラーとして活躍。2006-07シーズンは17ゴール、14アシストと共に自己最多記録をマークし、チームの優勝に貢献。自身もPFA年間最優秀選手賞とFWA年間最優秀選手賞を受賞した。また、バロンドールの投票ではカカに次ぐ2位となった。 翌2007-08シーズンは開幕からゴールを量産し、チームのリーグ2連覇に貢献。アラン・シアラーの持つシーズン最多得点記録タイの31得点で得点王になった(主にMFでプレーする選手が得点王になるのは初めて)。プレミアリーグの上位チームに対して目立った成績を残していないと揶揄する声もあるが、実際には31得点のうち5得点を3位から5位までのチームから奪っている(唯一2位チェルシーに対してのみ無得点)。これらの活躍でPFA年間最優秀選手賞とFWA年間最優秀選手賞を2シーズン連続で受賞している。 またチャンピオンズリーグでもチームを牽引し、マンチェスター・ユナイテッドの9シーズンぶりの優勝に貢献。8得点をあげて得点王となった。
ポルトガル代表では既にレギュラーを確保しており、ポルトガルの将来を担う若きスタープレイヤーである。プレイスタイルなどからルイス・フィーゴの後継者と評する声もある。EURO2004では初戦のギリシャ戦で代表初得点を決め、全試合に出場して準優勝に貢献した。サッカーW杯ドイツ大会でも代表の主力メンバーとして活躍。得意技の高速ドリブルを幾度となく繰り出して敵陣を切り裂いた。 EURO2008本大会にて、フィーゴの7番を継承する。
C・ロナウドのエピソード
少年時代のアイドルはディエゴ・マラドーナ。子供時代の好きなチームはベンフィカ。ベンフィカのライバルであるスポルティング・リスボンのユースに入るのを決めたのは、母がスポルティングのファンだったので喜ばせたかったのもあるらしい。スポルティング時代からコーチ陣も揃って認めるほどの練習家で、今でも居残り練習を積極的に行う。サッカーへの悪影響を考えて飲酒、喫煙(煙草自体嫌い)はしていない。
ニックネームはよく涙を流すことから「クライベイビー」。
ゴールを決めたときに行うユニフォームを脱ぐパフォーマンスで、見事に鍛え上げられた上半身を披露しティーンエイジャーを中心に多くの女性たちを酔わせた(現在はゴールパフォーマンス時のストリップはFIFAによって原則禁止となっているので、イエローカード覚悟の時でなければ彼の肉体美を楽しむことは出来ない)。
2007年2月6日に行われたブラジルとの親善試合では、数日前に亡くなったポルトガル協会カルロス・シルヴァ副会長の遺言により初めて主将を任された。それ以降、本来の主将ジョルジ・アンドラーデおよび副主将ヌーノ・ゴメスが不在の時は、ロナウドが(第3候補として)主将を務めている。クラブでも、2008年3月19日の対ボルトン戦でキャプテンマークを巻いて出場した。
06年11、12月とプレミアリーグ2ヶ月連続月間MVP受賞。ロビー・ファウラーとデニス・ベルカンプに続きプレミア史上10年ぶり3人目の快挙となった。
PFAによる2006-2007年の年間最優秀選手賞、最優秀若手賞をダブル受賞し、1977年のアンディ・グレイ以来30年ぶり史上2人目の栄誉を勝ち取った。またファンの投票による年間最優秀選手賞にも選ばれ史上初の三冠達成を果した。
デビュー戦の後、ジョージ・ベストに「(彼は)私の後継者になりうる」と唸らせた。
チームメイトのポール・スコールズは彼のことを「世界最高のプレーヤー」と称している。また、マンチェスター・ユナイテッドの7番を背負ったことのあるエリック・カントナも彼のことを「世界一のプレーヤーだ」と述べている。
07年に来日した際、TBSのスーパーサッカーのインタビューに出演する予定だったが、体調不良によりキャンセルしたため代理としてチームメイトのリオ・ファーディナンドが出演した。またロナウド本人が拙い日本語で謝罪する映像も流れた。
08年にスイスとオーストリアで開催されているサッカーの欧州選手権で大会の美男子ナンバーワンに選ばれた。LG電子が実施した欧州の女性1万2000人による最もハンサムな選手の人気投票で1位となったもの。ロナウドは華麗なドリブルが持ち味だが、その才能とともにラテン系の端正なルックスで欧州女性の心をつかんだ。特にイタリア、ドイツ、スウェーデンのファンが多かったという。
C・ロナウドのその他
名前の由来は父親が「ロナルド・レーガン元アメリカ大統領のようになってほしい」ということから名付けられた。4人兄弟の末っ子で姉2人、兄1人がいる。父親はアルコール中毒(05年9月に死去)、兄はドラッグ中毒に陥った過去があるという貧しい家庭で育った。
故郷フンシャルで自分のファッションブランド「CR7」の店を開いている(マネージャーは姉達2人)。また2番目の姉カティアはポルトガルで歌手をしており「Ronalda」という芸名でCDデビューしている。
C・ロナウドの所属クラブ
1995年 - 1996年
CDナシオナル
1996年 - 2003年
スポルティング・リスボン
2003年 -
マンチェスター・ユナイテッドFC
C・ロナウドのタイトル
C・ロナウドのクラブ
スポルティング・リスボン
ポルトガルスーペル・リーガ: 2 (1999-00, 2001-02)
タッサ・デ・ポルトガル: 1 (2001-02)
ポルトガル・スーパーカップ: 2 (1999-00, 2001-02)
マンチェスター・ユナイテッドFC
イングランドFAプレミアリーグ: 2 (2006-07, 2007-08)
UEFAチャンピオンズリーグ: 1 (2007-08)
FAカップ: 1 (2004)
フットボールリーグカップ: 1 (2006)
コミュニティーシールド: 1 (2007)
C・ロナウドの個人
ブラヴォー賞: 1 (2004)
PFA年間最優秀若手選手賞: 1 (2006-07)
PFA年間最優秀選手賞: 2 (2006-07, 2007-08)
FWA年間最優秀選手賞: 2 (2006-07, 2007-08)
プレミアリーグ得点王: 1 (2007-08) (31得点)
UEFAチャンピオンズリーグ得点王: 1 (2007-08) (8得点)
最優秀ポルトガル人選手賞: 1 (2007)
ゴールデンブーツ: 1 (2007-08) (31得点)
| 先代: ウェイン・ルーニー | PFA年間最優秀若手選手賞 2006-07 | 次代: セスク・ファブレガス |
| 先代: スティーヴン・ジェラード | PFA年間最優秀選手賞 2006-07 | 次代: クリスティアーノ・ロナウド |
| 先代: クリスティアーノ・ロナウド | PFA年間最優秀選手賞 2007-08 | 次代: - |
| 先代: カカ | UEFAチャンピオンズリーグ得点王 2007-08 | 次代: - |
C・ロナウドの個人成績
| クラブ | シーズン | リーグ戦 | カップ戦 | 欧州カップ戦 | 期間通算 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | ||
| スポルティング-CP | 2002-03 | 25 | 3 | - | 3 | 2 | - | 3 | 0 | 0 | 31 | 5 | - |
| 通算 | 25 | 3 | - | 3 | 2 | - | 3 | 0 | 0 | 31 | 5 | - | |
| マンチェスター・ユナイテッド | 2003-04 | 29 | 4 | 4 | 6 | 2 | 0 | 5 | 0 | 0 | 40 | 6 | 4 |
| 2004-05 | 33 | 5 | 4 | 9 | 4 | 0 | 8 | 0 | 0 | 50 | 9 | 4 | |
| 2005-06 | 33 | 9 | 6 | 6 | 2 | 1 | 8 | 1 | 0 | 47 | 12 | 7 | |
| 2006-07 | 34 | 17 | 14 | 8 | 3 | 1 | 11 | 3 | 5 | 53 | 23 | 20 | |
| 2007-08 | 34 | 31 | 8 | 3 | 3 | - | 11 | 8 | 1 | 48 | 42 | 9 | |
| 通算 | 158 | 62 | 34 | 32 | 14 | 2 | 43 | 12 | 6 | 238 | 92 | 42 | |
| 総通算 | 183 | 65 | 36 | 35 | 16 | 2 | 46 | 12 | 6 | 269 | 97 | 42 | |
C・ロナウドの出演CM
富士ゼロックス 「知的フィールド」編
スズキ・スイフト(ヨーロッパのみ)
ワールドサッカー ウイニングイレブン 2008
◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『C・ロナウド』より取得日:2008-07-18
C・ロナウドの関連サイト
- クリスティアーノ・ロナウド - Wikipedia
... アンドラーデおよび副主将ヌーノ・ゴメスが不在の時は、ロナウドが ... またロナウド本人が拙い日本語で謝罪する映像も流れた。 - Cristiano Ronaldo
null - SANSPO.COM > 2006ドイツW杯特集
サンケイスポーツの公式サイト、サンスポ・コム(SANSPO.COM)2006サッカードイツW杯特集ページです。 - ウイニングイレブン C・ロナウドからの挑戦状!!
C・ロナウド リフティングムービー Full Version. 投稿者:HIROKAZU7 - C・ロナウド LaBOLA
C・ロナウド. サッカー・フットサルSNSのラボーラ. 引き分けか勝ちにいくか. 観戦記一覧へ ... C・ロナウド. 2006-12-24 15:39:24. 5. 4. 2. 5. 4. 4. 1. 1 ... 後半に、C・ロナウドが. やってくれました。 - Cロナウド紹介!!!!
世代交代を進めていたポルトガル代表にとってもロナウドへの期待は大きく、2003年8月20日のカザフスタン戦でデビューを果たす。 - [熊崎敬のヒーロー達の横顔] 若き悪役 C・ロナウド - goo ドイツW杯特集
[熊崎敬のヒーロー達の横顔] 若き悪役 C・ロナウド. 2006年7月10日. 熊崎敬=文 ... ジダンとフィーゴ、ふたりの英雄の対決に焦点が当てられたミュンヘンでの準決勝で、意外にも主役となったのがポルトガルのC・ロナウドだった。 - クリスティアーノロナウド情報局【Cロナウド】
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