さっぽろ雪まつり

大通会場恐竜像(2004年2月)

さっぽろ雪まつり(さっぽろゆきまつり、Sapporo Snow Festival)とは毎年2月はじめに北海道札幌市内の3つの会場(大通公園、すすきの、札幌コミュニティドームつどーむ))で開催されている雪の祭典である。雪で作った大小の像を中心にしたものだが、すすきの会場を中心に氷像も展示される。

札幌市札幌商工会議所、市内の企業、団体などから構成される「さっぽろ雪まつり実行委員会」によって企画、運営されている。

北海道内のみならず日本全国、あるいは海外からもおよそ200万人もの観光客が訪れる、北海道で最も大規模イベントの一つである。

さっぽろ雪まつりの歴史

大通公園への雪の搬入(2005年1月18日) 雪像制作中(2005年1月31日) さようなら真駒内会場式典(2005年2月13日)

さっぽろ雪まつりの雪まつりの始まり

1950年に札幌観光協会札幌市の主催によって開催されたのが始まりである。企画には後援の一つに名を連ねた北海タイムスが深く関与していた。これ以前に札幌には冬の祭がいくつかあったが、第二次世界大戦中に途絶えていた。

雪像を作る祭のアイデアは小樽市北手宮尋常小学校が1935年にはじめた雪まつりからとられた。最初の札幌雪まつりでは計6の雪像を札幌市の中学校、高等学校の生徒が制作した。他に札幌駅前に日本国有鉄道(国鉄)の札幌鉄道管理局が雪まつりにあわせて像を作った。

他の催しに歌謡コンクールタンブリングスクエアダンス演芸大会ドッグレース(犬ぞりレース)、スキー仮装行列、映画「銀嶺の果て」上映があった。スクエアダンスは凍った地面で転倒する人が出て30分で中止になった。映写会もやはり足元がすべったせいで観客が映写台を押しつぶしてしまい、中止になった。しかし祭は盛況で、翌年以降も継続することになった。

さっぽろ雪まつりの雪まつりの発展

初期の雪まつりで雪像を作るのは札幌の中学校・高等学校の生徒で、数は5、6個であった。はじめのうち雪像は高さ7メートルを限度としていたが、1953年の第4回で北海道札幌工業高等学校が高さ15メートルの像「昇天」を制作した。雪の塊を石材のように積んだアーチ状建築物に立像を建てたもので、大量の雪が必要であったため市はトラックブルドーザーを動員して準備にあたった。これは現在のような機械力を用いた大規模な雪像づくりの端緒となった。

1954年の第5回からは市民制作の像が加わった。1955年の第6回には自衛隊、商社、市の出張所が加わり、様々な参加者による多数の像が並ぶスタイルが定着した。しかし高等学校の雪像制作は3年生にとっては受験や就職活動との両立が困難になってきたことから、同回で打ち切られている。

1959年の第10回の頃から雪まつりを目当てに北海道の外から訪れる観光客が増え始めた。札幌オリンピックがあった1972年の第23回には世界的に雪まつりが紹介され、これ以降海外からの観光客も目立つようになった。1974年の第25回には折からのオイルショックの影響で雪運搬用トラックの燃料が十分に確保できず、雪像の中にドラム缶を詰めて乗り切った。同じ年に海外都市の派遣による国際雪像コンクールがはじまっている。

すすきの氷の祭典は雪まつり開催にあわせた独自のイベントとして1981年の第32回から始まったが、1983年の第34回より雪まつりの会場の一つとして組み込まれている。

1990年の第41回から中央区中島公園が第4の会場として加えられたが、1992年の第43回をもって廃止された。3回限りで廃止された要因として、中島公園会場は市民制作の雪像がメインだったため大雪像が少なく、集客力に欠けたことがあげられる。

さっぽろ雪まつりの自衛隊の協力

さっぽろ雪まつりと別個に陸上自衛隊真駒内駐屯地では隊内のレクリエーションと雪に慣れるための訓練を兼ね、駐屯地内に雪像を作っていた。自衛隊は1955年の第6回から大通公園に進出して像を作ったが、1963年の第14回に雪まつりに合わせて真駒内駐屯地を開放してスノーフェスティバルを催した。これもまた雪像を中心にしたもので、実質的に雪まつりの真駒内会場として機能した。1965年の第16回から真駒内の祭典は雪まつりの一部になった。

陸上自衛隊は優越した人員と機材を投入し、年々ノウハウを蓄積して雪像制作の主役となった。後には大雪像のほとんどが自衛隊制作か自衛隊の協力を仰いでの制作になった。

しかし、2001年のテロ対策特別措置法施行後自衛隊協力体制は大きく縮小されることになり、大通公園大雪像自衛隊の担当する数が削減され、長い間親しまれた真駒内会場は2005年の第56回開催をもって廃止された。

直接の理由は製作の主力となる陸上自衛隊第11師団の将来的な縮小(旅団化)にあるが、背景には上田文雄市長 市民主体の雪まつり を目指し、自衛隊の雪まつりへの協力を当初拒否する姿勢を見せていたことなどが一因といわれている。

現在、札幌市から職員を派遣するとともに市民ボランティアの参加も募って大通会場の一部の大雪像や「さとらんど会場」の雪像制作や会場運営を行っている。北海道外からのボランティア参加者も少なくない。

しかしボランティアは人員の流動性が高く、近年は謝礼(共通ウィズユーカードの配布)を取りやめたこともあって減少傾向にある。雪像制作の技術をどのように継承していくかがこれからの課題といえる。

さっぽろ雪まつりの雪像ができるまで

大通公園を彩る大雪像の準備は前年の秋頃から行われ、制作を担当する陸上自衛隊市民ボランティアの雪像制作団によって雪像のモデルとなる建造物などの資料の収集や必要に応じて現地の視察などが行われてデザインが検討される。その後粘土や木材などを使って精巧な模型が作られ、12月末に行われる実行委員会の会場で公開される。

雪像に使う雪は不純物のない純白なものが求められ、札幌近郊サッポロさとらんどやモエレ沼公園、石狩湾新港などから集められる。降雪が少なく近郊での確保が難しい場合は採雪地の範囲を中山峠などの山間部まで広げることもある。雪不足だった2007年(第58回)には採雪地を求めて自衛隊ヘリコプターも出動した。大通公園で使用される雪は5トントラックでおよそ6000台分で、1月初旬から中旬にかけて札幌市内では「雪まつり雪輸送」のプレートを掲げた自衛隊トラックが雪を山積みにして走っているのを見ることができる。大通公園の大雪像制作に民間が参加してからは民間のダンプトラックも輸送に加わるようになった。

運ばれた雪は重機によって高く積んで押し固められ、削るのに必要な巨大な雪のブロックが作られる。足場も組まれ、さながら建築現場のようである。このブロックスコップなどで荒削りをしてだいたいの形を作り、さらに細かく削って細部を作り、最後に「化粧雪」と呼ばれる新雪を貼り付けて仕上げる。小さい部品などは別にパーツとして作って取り付けることもある。制作作業は刃物なども使われ危険なため、大通公園への立ち入りが一部で規制される。このため間近での見学は難しいが、敷地外の公道から様子を見ることはできる。

雪像の制作にはほぼ1ヶ月を要し、完成して引き渡されるのは雪まつり開幕の前日である。開催中は係員が会場に常駐し、雪が降って積もった場合は雪払いを行い、溶けたり痛んだりした場合はその都度補修するなど、絶えずメンテナンスを行って雪像の美しさを保っている。痛みが激しい場合は夜を徹しての補修作業も行われる。

市民雪像の制作期間は開催直前の5日間で、あらかじめ用意される2メートル四方の雪山を削って作られる。細かいルールが設けられていて、規定サイズ以上のはみ出しや文字入れなどは認められない。デザインはその年の干支や流行、時勢を反映したものから、地元スポーツチームマスコットや有名なアニメゲームキャラクターなど様々で、短い制作期間ではあるが大雪像に劣らないほどの仕上がりを見せたり、遊び心のある風刺が効いた作品も多い。

すべての雪像は危険防止のため雪まつり閉幕の翌日には重機ですべて解体され、惜しまれながら姿を消す。解体後に発生する雪山はしばらく公園に残されるが、札幌市内の排雪作業が一段落する3月初旬にトラックで運び出され、大通公園に春を呼ぶ準備が始まる。

さっぽろ雪まつりの概要

さっぽろ雪まつりの大通会場

大通公園大通西1丁目から西12丁目まで

最寄駅 大通駅 - 西11丁目駅

エリアごとに幅40mほどの大雪像中雪像1または2基(もしくは氷像)と「市民雪像」と呼ばれる2m四方程度小雪像十数基を見ることができる。小雪像制作には札幌市民だけでなく在日米軍三沢基地など国内各地からの参加があり、毎回定数に対し3〜4倍の申し込みがある。また西11丁目の国際会場では「国際雪像コンクール」が行われ、姉妹都市ポートランドアメリカ)をはじめ、各国から参加して技を競っている。近年は開催直前完成間近な雪像の見物や閉幕後に行われる雪像解体の見物も人気があるが、これらは来場者数にカウントされない。

さっぽろ雪まつりのすすきの会場

最寄駅 すすきの駅・豊水すすきの駅 - 中島公園駅

札幌駅前通の南4条〜南7条間が会場。期間中車輌通行止めになる。「すすきの氷の祭典」と呼ばれ、すすきの氷の祭典実行委員会が主催するものだが、雪まつりの会場の一つとして位置付けられている。その名の通り氷像が展示の中心である。料理の飾り付けとして氷や野菜を彫刻する技能を生かした、近隣ホテルの調理人たちの手による作品が多い。すすきの氷の祭典も参照。

さっぽろ雪まつりのつどーむ会場

札幌コミュニティドームつどーむ

最寄駅 栄町駅シャトルバス運行予定

2009年の第60回開催からサッポロさとらんど(通称さとらんど会場)に代わる第2会場として正式決定した。

さとらんど会場は公共交通機関でのアクセスに乏しく、半数以上の来場者が自家用車を利用していた。しかし初回開催から3年で来場者が当初見込みの2.5倍まで増加。増え続ける来場者に駐車場拡張が限界となって渋滞が懸念されていたほか、環境への配慮にも迫られ、公共交通機関で来場できる代替地が必須となっていた。

つどーむを代替地とした理由として、地下鉄東豊線栄町駅から徒歩で来場できる事、さとらんどとほぼ同じ面積の屋外スペースが確保できること、ドーム休憩所として活用できること、さとらんどと同じ東区内にあり、これまで築いてきた地域住民ボランティアの協力を引き続き得られやすいことなどが挙げられている。

会場はさとらんど同様、市民ボランティアや学生が中心となって運営され、雪で作ったすべり台や迷路のほか、雪上パークゴルフ場など設けられる計画となっている。またドームも開放し休憩所とするほか飲食コーナーや遊具なども設けられる予定。

一般車の駐車スペースは用意されない。実行委員会では公共交通機関シャトルバスでの来場を強く呼びかける事にしているほか、周辺道路への迷惑駐車を防止するための監視員を配置することにしている。

さっぽろ雪まつりの開催期間

回数 開催期間
第1回 1950年2月18日
第2回 1951年1月26日・27日
第3回 1952年2月9日・10日
第4回 1953年2月7日・8日
第5回 1954年1月28日〜31日
第6回 1955年2月27日・28日
第7回 1956年2月4日・5日
第8回 1957年2月2日・3日
第9回 1958年2月7日〜9日
第10回 1959年2月6日〜8日
第11回 1960年2月5日〜7日
第12回 1961年2月3日〜5日
第13回 1962年2月2日〜4日
第14回 1963年2月1日〜3日
第15回 1964年1月31日〜2月2日
第16回 1965年2月5日〜7日
第17回 1966年2月3日〜6日
第18回 1967年2月2日〜5日
第19回 1968年2月1日〜4日
第20回 1969年1月30日〜2月2日
第21回 1970年1月29日〜2月1日
第22回 1971年1月28日〜31日
第23回 1972年1月27日〜30日
第24回 1973年2月1日〜5日
第25回 1974年2月1日〜5日
第26回 1975年2月1日〜5日
第27回 1976年2月1日〜5日
第28回 1977年2月1日〜6日
第29回 1978年2月1日〜5日
第30回 1979年2月1日〜5日
第31回 1980年2月1日〜5日
第32回 1981年2月4日〜8日
第33回 1982年2月3日〜7日
第34回 1983年2月2日〜6日
第35回 1984年2月1日〜5日
第36回 1985年2月7日〜11日
第37回 1986年2月5日〜9日
第38回 1987年2月5日〜11日
第39回 1988年2月5日〜11日
第40回 1989年2月6日〜12日
第41回 1990年2月6日〜12日
第42回 1991年2月5日〜11日
第43回 1992年2月5日〜11日
第44回 1993年2月5日〜11日
第45回 1994年2月5日〜11日
第46回 1995年2月6日〜12日
第47回 1996年2月6日〜12日
第48回 1997年2月5日〜11日
第49回 1998年2月5日〜11日
第50回 1999年2月5日〜11日
第51回 2000年2月7日〜11日
第52回 2001年2月6日〜12日
第53回 2002年2月5日〜11日
第54回 2003年2月5日〜11日
第55回 2004年2月5日〜11日
第56回 2005年2月7日〜13日
第57回 2006年2月6日〜12日
第58回 2007年2月6日〜12日
第59回 2008年2月5日〜11日
第60回 2009年2月5日〜11日

さっぽろ雪まつりの雪まつり資料館

羊ケ丘展望台にあり、実際に使われた雪像の模型や歴代のポスターグッズなどが保存、展示されていて、来場者が自由に見学できる。この他、陸上自衛隊真駒内駐屯地にも資料館が設けられている(こちらの見学は要申請)。

さっぽろ雪まつりのテレビ番組

雪まつりの模様を伝える特番として過去に札幌テレビ放送制作・日本テレビ系列で「ザ・雪まつり」、北海道テレビ放送制作・テレビ朝日系列で「雪まつりバラエティー」→後に「雪まつりドラマスペシャル」が全国ネットで放映されたが、いずれも廃止された。現在では北海道内民放局ローカルで特番を放送している他、ジェイコム札幌では自社で雪まつり特番を制作して全国のケーブルテレビ局へ配信している。

さっぽろ雪まつりの参考文献

札幌市教育委員会編 雪まつり 、さっぽろ文庫47、北海道新聞社、1988年、ISBN 4-89363-046-6(単行本としては現在は市販されていない。古書店での入手も難しくなっているが、札幌市内のほとんどの図書館に蔵書されている)

第50回さっぽろ雪まつり記念写真集別冊 記録・資料編  第50回さっぽろ雪まつり実行委員会発行、1999年

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『さっぽろ雪まつり』より
取得日:2009-02-07

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