はっぴいえんどは、日本のロックバンド。
はっぴいえんどのメンバー
細野晴臣 - ベース、ボーカル:東京都港区出身。
ピアノやオルガンも担当する。
大瀧詠一 - ギター、ボーカル:岩手県江刺郡梁川村(現奥州市)出身。
松本隆 - ドラム:東京都港区出身。
鈴木茂 - ギター、ボーカル:東京都世田谷区出身。
はっぴいえんどの来歴
小坂忠、柳田ヒロらとともに結成したバンド・エイプリル・フールを脱退した細野晴臣と松本隆、そして大瀧詠一と鈴木茂が出会い、1969年にバレンタイン・ブルーという名前で結成された。1970年4月にハッピーエンド、更に平仮名表記のはっぴいえんどとバンド名を改名。
活動期間中に、URCレコードから はっぴいえんど 風街ろまん 、ベルウッドレコードから HAPPY END を発表している。
バンドの作詞担当であった松本隆が、ダブルミーニングなどの技法を積極的に歌詞に取り入れ、日本語ロックと呼ばれた独特の世界を構築。ちなみに大瀧と細野は音楽性を重視していた為、ロックに日本語の歌詞をつけるこの提案に反対したらしい。またサウンド面においてはアメリカのバッファロー・スプリングフィールドや、モビー・グレープに影響された先進的な音であった(尤もこの時期には、日本でも既にプログレッシブ・ロックが注目されており、バッファロー・スプリングフィールドは過去のものとなりつつあった節がある。しかし、1970年の洋楽専門雑誌では、特集で彼らが回顧されており、その音が全くの時代遅れではなかったことがわかる)。しかしブリティッシュロックの人気が絶頂期を迎えつつあった当時の日本において、これらのバンドはほぼ無名であり、音楽性としてもマニアックであったため、評論家や一般のロックファンの評価は決して高くはなかった(現在においてもはっぴいえんどの再評価はロックのフィールドではなく歌謡曲やJ-POPのフィールドでされる事が多い)。にも拘らず、このような音楽性を標榜したのは、(細野がアメリカ音楽からの影響を強く受けていた事や、単に売れている物を否定するというアンチの精神もあるが)ブリティッシュロックはアメリカのロックをコピーして生まれたイギリスオリジナルの音楽であるため、日本のロックを作るためにはアメリカのロックをやらなければならないという考えがあったからだという。
また、今でこそシングルとアルバムのバージョンを違えたりリミックスする事は一般的になっているが、シングルカットする際にはアルバムの音源を使うのが通例だった当時において、彼らは既にシングルとアルバムのバージョンを変えて発表していた。なお、シングルがキングレコードから発売されたのは、当時キングレコード社員だった三浦光紀がはっぴいえんどに注目し、「12月の雨の日」のシングルバージョンのレコーディングスタジオにキングスタジオを提供したためである。
遠藤賢司、岡林信康、加川良、高田渡、小坂忠らのバックバンドとしても、コンサートやスタジオ録音などを行っている。
1972年末に惜しまれつつ解散したが、1973年の文京公会堂と、1985年の国立競技場で再結成のライブを披露している。
彼らの代表曲「風をあつめて」は、2003年に米国映画 ロスト・イン・トランスレーション でも取り上げられた。
はっぴいえんどのディスコグラフィー
はっぴいえんどのシングル
(説明のない曲はアルバムと同音源)12月の雨の日/はいからはくち - 1971年4月1日
両曲ともアルバムとは別バージョンで、このシングルバージョンは、現在「はっぴいえんどBOX」の はっぴいえんど 風街ろまん のボーナストラックと SINGLES HAPPY END で聴ける。尚、「12月の雨の日」のシングルバージョンは、8トラックレコーダーで録音されており、アルバムバージョンは、4トラックレコーダーで録音されている。花いちもんめ/夏なんです - 1971年12月10日
さよならアメリカさよならニッポン/無風状態 - 1973年2月25日
あしたてんきになあれ - 1999年11月26日
「あしたてんきになあれ」「風をあつめて」「あやか市の動物園」収録。「あやか市の動物園」は第2回全日本フォークジャンボリー(1970年8月9日)でのテイク。尚、シングルカットの理由は、宝島社の雑誌「SMART」のCMソングに起用されたからである。はっぴいえんどのアルバム
はっぴいえんど(通称:ゆでめん)- 1970年8月5日
風街ろまん - 1971年11月20日
HAPPY END - 1973年2月25日
CITY - HAPPY END BEST ALBUM - 1973年9月10日
ベストアルバム。収録されている「はいからはくち」は小坂忠をコーラスに迎えた未発表バージョンである。ライブ・はっぴいえんど - 1974年1月15日
1973年9月21日に文京公会堂で行われた、解散コンサート「CITY - LAST TIME AROUND」の模様を収録。ただしはっぴいえんどはすでに1972年12月31日をもって解散していたため、再結成コンサートともいえる。各メンバーのソロ活動のお披露目の場ともなった。SINGLES- 1974年6月25日
シングル曲を集めたベストアルバム。はっぴいえんどのシングルは勿論の事、同時期に出された大瀧詠一のシングル2枚や細野晴臣のシングルも収録。尚、タイトルは現在「SINGLES HAPPY END」になっている。THE HAPPY END - 1985年9月5日
1985年6月15日に国立競技場で行われたイベント「All together Now」での再結成ライブ。はっぴいえんど GREEEATEST LIVE! ON STAGE - 1986年7月15日
ライブアルバム。「ロック叛乱祭」(1970年4月12日)、「第3回全日本フォークジャンボリー」(1971年8月7日)、「加橋かつみコンサート」(1971年4月14日)での演奏を収録。はっぴいえんど LIVE ON STAGE - 1989年8月25日
ライブアルバム。CDでのみ発売。「第2回全日本フォークジャンボリー」(1970年8月9日)、「ロック・アウト・ロック・コンサート」(1971年8月21日)、「加橋かつみコンサート」(1971年4月14日)、「第3回全日本フォーク・ジャンボリー」(1971年8月7日)での演奏を収録。はっぴいえんどBOX - 2004年3月31日
ボックスセット。オリジナル・アルバム はっぴいえんど 風街ろまん HAPPY END 、ライブアルバム ライブ・はっぴいえんど THE HAPPY END と、はっぴいえんどがバックで演奏を務めた楽曲を集めた バッキング音源集 、未発表ライブ音源を多数収録した ライブ・ヒストリーvol. 1 同vol. 2 がセットになっている。はっぴいえんどのその他
はっぴいえんど - 1983年6月
センチメンタル・シティ・ロマンスによるカバー・アルバム。彼らのファースト・アルバム センチメンタル・シティ・ロマンス (1975年)には細野がチーフ・オーディエンスとしてクレジットされている。HAPPY END PARADE?tribute to はっぴいえんど? - 2002年5月22日
トリビュート・アルバム。◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『はっぴいえんど』より取得日:2008-08-09
はっぴいえんどの関連サイト
- はっぴいえんどBOX
エイベックスによる。 - みんなの広場 喫茶&ライブハウス【はっぴいえんど】
みんなの広場 喫茶&レンタル・スペース. 堺市竹城台3丁2-6 072-296-0029. 掲示板を復活させました。 - はっぴいえんどトリビュート
はっぴいえんどトリビュート 全部 - Yahoo!ミュージック - はっぴいえんど - アーティスト情報
その台風の目になっていたのが黎明期の日本ロックを代表するグループ、はっぴいえんどである。 - はっぴいえんど - Wikipedia
... ため、評論家や一般のロックファンの評価は決して高くはなかった(現在においてもはっぴいえんどの再評価はロックのフィールドではなく歌謡曲やJ-POPのフィールドでされる事が多い)。 - はっぴいえんどりんく
メンバー紹介、関連リンク。 - 【はっぴいえんどプロジェクト】
はっぴいえんどプロジェクトの宣伝と. モ-タ-スポ-ツ関連ペ-ジです - はっぴいえんど
- はっぴいえんど Happyend - <語っても、語り尽くせない存在> はっぴいえんど、彼らが日本のロック、そしてJ-ポップ全般に与えてきた影響の大きさは、解散後の個々の活動まで含めると、 - はっぴいえんど
エイベックスによる公式サイト。 - はっぴいえんどトリビュート盤
... 大瀧詠一、松本隆、鈴木茂。

















