リディア・シモン

リディア・シモンLidia Simon, 1973年7月3日 - )は、 ルーマニア出身の女子マラソンランナー

1996年7月に行われた、アトランタ五輪女子マラソンでは、30km地点まで優勝したファツマ・ロバエチオピア)を追う2位集団についていた。しかし30kmを過ぎた直後で銅メダル獲得有森裕子、銀メダル獲得ワレンティナ・エゴロワロシア)のスパートについていけずにペースダウン、結果6位入賞にとどまった。

2000年1月に行われた、シドニー五輪女子マラソン代表選考レースであった大阪国際女子マラソンでは、弘山晴美デットヒートを繰り広げながらも僅差で優勝、大阪で初の3連覇を達成した。ゴールタイムは当時大会新記録の2時間22分54秒。弘山も好タイムながらわずか2秒差で2位と敗れたのが響いて、五輪マラソン代表入りの切符を逃した。

同年9月に行われた、シドニー五輪女子マラソン本番では、中間点前18km付近スパートした高橋尚子についていき、その後高橋との激闘を演じたが、レース後半34km付近で高橋に突き放される。40km地点で高橋とは28秒の差が付き、シモンの優勝は絶望的と思われたが、そこからシモンは驚異的な追い上げを見せる。しかし時既に遅し、わずか8秒の差で高橋が最初にゴールテープを切って金メダルシモンは惜しくも2位で銀メダル獲得となった。

2001年8月に行われた世界陸上選手権エドモントン大会女子マラソンでは、終盤まで銀メダル獲得土佐礼子と激闘を演じたが、ゴール直前陸上競技場へ入る手前、土佐をラストスパートで突き放して優勝。ゴールタイムは2時間26分01秒だった。念願であった世界大会での金メダルを獲得、ゴール後のシモンは嬉しさの余り地面に突っ伏したまま号泣していた。

2004年8月に行われたアテネ五輪女子マラソンでは、出産後の準備不足と体調が万全で無かった為、途中棄権となった。その後のレースでも不本意な成績が続いていたが、2007年8月に行われた世界陸上選手権大阪大会女子マラソンでは、終盤まで優勝を争い結果5位入賞と健闘。五輪では4大会連続出場となる、2008年8月の北京オリンピック女子マラソンでは、35Km付近まで2位集団に加わり、その後ペースダウンするも粘りの走りで8位入賞を果たす(優勝は同ルーマニア代表コンスタンティナ・トメスク)など、息の長い活躍を続けている。

日本のマラソン大会には大阪国際女子マラソン(過去7回出場)のほか、名古屋国際女子マラソン長野マラソンにも出走。また、TBS オールスター感謝祭 の「赤坂5丁目ミニマラソン」にかつてゲストランナーとして数回登場している。自身のトレーナーである夫、リビュー・シモン(通称・旦那シモン)も出走し、夫婦揃って人気を博していた。

リディア・シモンの成績

自己ベストタイム 2時間22分54秒(2000年大阪国際女子マラソン

アトランタオリンピック:2時間31分04秒(6位入賞

シドニーオリンピック:2時間23分22秒(2位入賞、銀メダル獲得

北京オリンピック:2時間27分51秒(8位入賞

アテネオリンピック途中棄権

世界陸上選手権:1995年イエーテボリ大会10位、1997年アテネ大会3位、1999年セビリア大会3位、2001年エドモントン大会優勝、2007年大阪大会5位

大阪国際女子マラソン:1997年3位、1998年優勝、1999年優勝、2000年優勝、2005年5位、2007年6位、2008年6位

名古屋国際女子マラソン:1996年8位

長野マラソン:2005年2位

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『リディア・シモン』より
取得日:2008-08-19

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