中村美里

中村 美里(なかむら みさと、1989年4月28日 - )は、日本の女子柔道選手。階級は52kg級。段位は初段。身長158cm。

中村美里の人物

東京都八王子市出身

八王子市立東浅川小学校、相模原市立相原中学校、渋谷教育学園渋谷高等学校卒業

2008年4月より三井住友海上火災保険所属

全日本強化A指定選手

得意技小外刈

中村美里の経歴

小学3年で柔道を始めた中村美里の名が初めて柔道界に轟いたのは2003年に中学2年で全国中学校大会を制した時。その年、マカオで開催されたアジアジュニア選手権でも優勝し、将来を嘱望され始めた。

2005年、高校1年になった中村は講道館杯谷亮子に次ぐ実力者の北田佳世を破り優勝。さらに同年、福岡国際女子柔道で2005年世界選手権優勝者ヤネト・ベルモイキューバ)、北田を破り、谷亮子以来の16歳での覇者となる快挙を達成。一躍「ポスト谷」の有力候補として注目を浴びた。

前記の結果、2006年フランス国際柔道に派遣され3位。全日本選抜体重別では山岸絵美に敗れ準優勝に終わったものの、将来性を評価され2006ワールドカップ柔道の48kg代表に選出され出場。しかし同大会では4戦し2勝2敗。11月のドーハ・アジア大会では準決勝で韓国の金英蘭に不覚を取り3位。前年に優勝し脚光を浴びた福岡国際ではフランス女王・フレデリク・ジョシネに緒戦で敗れ3位。2006年の中村は柔道人生で最も大きな壁に当たったと言える。

2007年最初の大会となったフランス国際柔道は敗者復活戦に回り、またしても3位。そして、2007年、柔道世界選手権の最終選考大会となった全日本選抜体重別では準決勝で優勝した福見友子に敗れベスト4に終わり、世界選手権の出場を逃した。その世界選手権谷亮子が優勝したこと、さらに減量が限界に来ていたこともあり、07年11月の講道館杯から52kg級に変更した。減量苦から解放された中村は本来の柔道を取り戻し、講道館杯、12月の嘉納杯東京国際と連勝し、この時点で北京五輪代表候補は2007年世界選手権同階級銅メダル西田優香と中村に絞られた。

2008年のフランス国際では3位。4月から上野雅恵横澤由貴メダリストを輩出している三井住友海上火災保険女子柔道部に所属。

同年4月6日、代表の最終選考試合となる全日本選抜体重別選手権女子52kg級に於いて、中村は決勝まで順当に勝ち上がった。一方、西田は1回戦で君島奈津子に敗れる波乱。決勝で中村は先輩の横澤由貴を降して優勝。当日に行われた代表選考会において北京五輪の代表に選出された。

同年8月10日、北京オリンピック柔道競技女子52?以下級に出場。2回戦から登場した中村の緒戦はGSの末、タラングルドイツ)の掛け逃げによる反則で勝利。3回戦はヘイレンベルギー)から小外刈で効果を奪い準決勝進出を決めた。しかし、準決勝では安金愛北朝鮮)の奥襟を取って圧力をかける作戦に対し、十分な組み手になることができず指導のポイントを取られて敗れた。3位決定戦では金京玉(韓国)に得意の小外刈で有効を奪うとそのまま上四方固で一本勝ち。銅メダルを獲得し、平成生まれの日本人としては初のメダリストとなった。

しかし、試合後は「金メダル以外は同じ」と悔しさをにじませ、4年後のロンドン五輪での雪辱に意欲を見せた。

中村美里の主な戦績

2003年(中学2年)

全国中学校大会44kg級優勝アジアジュニア選手権優勝

2005年(高校1年)

※高校入学以降48kg級 高校総体2位、全日本ジュニア選手権2位、講道館杯優勝福岡国際優勝、高校選手権準優勝(団体)

2006年(高校2年)

フランス国際3位、全日本女子選抜体重別2位、ワールドカップ3位(団体)、アジア大会3位、福岡国際3位

2007年(高校3年)

フランス国際3位、全日本選抜体重別ベスト4 ※以下、52kg級に変更 講道館杯優勝嘉納杯東京国際優勝

2008年

フランス国際3位 全日本選抜体重別 優勝 北京オリンピック 3位

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『中村美里』より
取得日:2008-08-12

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