五十嵐隆

Syrup16gシロップじゅうろくグラム)は、1996年に結成された日本のスリーピースロックバンド

五十嵐隆の概要

2002年、日本コロムビアからアルバム coup d'Etat メジャーデビュー

初期のメンバー(キタダマキ除くメンバーおよびベース佐藤元章)は全員日本工学院専門学校出身。 熊谷昭率いるキークルー所属。 バンド名の”syrup”は「ぬるいままで好きな音楽を好きなだけやろうっていう、そういう意味を込めて…、甘い咳止め用のシロップが俺は大好きで、シロップって言葉が頭の中で快楽的なものと直結して」と、名づけたと五十嵐談。 "16g"は、バンド名を検討していたミスタードーナツでのコーヒーシロップの量が16gだった事に由来する。

2004年以降、音源リリースは途絶え、ライブ活動メインに。 2006年8月、未発表音源を含むベスト 動脈 静脈 発売。

2008年3月1日の日本武道館ライブを最後に解散した。

五十嵐隆のメンバー

五十嵐隆(いがらし たかし 1973年6月1日) ボーカルギター担当。作詞/作曲を手がける。埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。同県立浦和高校卒業。血液型 B型。顎に蓄えた髭が特徴。愛称は「がっちゃん」。 小学校時代、音楽に没入し、主に当時流行の洋楽(REOスピードワゴンホール&オーツビリー・ジョエルマイケル・ジャクソン等)を1日3 - 6時間、聴いていたとの事。 高校は地元でも有名な進学校へ。この頃、地元の喫茶店バイト代で初めてギターを買ったと語っている。その後、学園祭後の飲酒で補導され停学になった際、教師の対応に嫌気が差し、勉強しなくなる。大学浪人中に祖父母とバリへ旅行に行き、現地の民族音楽 ケチャ に衝撃を受け、帰国後は引きこもりになる。その後、音楽専門学校に行き、中畑と出会う。エンジニアを目指し、持っていたギターや機材を売り払うが、「嫌いな音楽にも仕事として対応しなければならないのがキツい」と、エンジニア就職を諦める。バイトをしつつバンドを始めたのが、後に Syrup16g 結成の契機に。因みにバンド結成のきっかけは、中畑曰く、専門学校時代に「大樹ちゃん、命賭けようよ」と五十嵐に言われたためと語る。中畑と共に前身のバンドSWIMS」を結成。五十嵐は当初、ギター担当だったが、最初のボーカルが辞めたので仕方なくボーカルもやっていると言う。「自分より上手い人がいればいつでも交代する」とも語っている。結成当初フリッパーズ・ギター、dip(DIP THE FRAG)等のコピーを演奏していた。また好きなギタリストの一人としてバービーボーイズのいまみちともたかを挙げている。 ライブのMCでは3段オチを披露したり、世間話を始める事もあった。また、かつて発行していたシロップの会報では、他のバンドレコードストレートに酷評したり、シュールな4コママンガを描いたり、打ち上げでの自身の満面の笑顔の写真を掲載したりという意外な一面も見受けられる。しかし、写真に関しては後で相当ヘコんでしまった様子。 漫画が大好きで、小林よしのりの戦争論柏木ハルコ花園メリーゴーランド等をお気に入りとして挙げている。また小説はあまり読まない方であると本人は語るが、楽曲のタイトルや歌詞には時より坂口安吾の影響が見受けられる。 BUMP OF CHICKENスピッツ、ART-SCHOOL、GRAPEVINENUMBER GIRLGood Dog Happy MenMO'SOME TONEBENDERといったバンドと親交があり、音楽雑誌レミオロメン藤巻亮太は「他人に曲を書いてもらうならSyrup16gに」と熱望し、同インタビューでMr.Childrenの桜井和寿も「Rebornという曲が大好きだ」と語っている。GRAPEVINE田中和将とは飲み仲間。 大規模アリーナライブ等を好まず、「武道館ライブする時は死ぬ」とまで語っていた。その為、ASIAN KUNG-FU GENERATION主催のNANO-MUGEN FESオファーがあった際は断った経緯がある。 デビューから2003年頃までは、moonレゲエマスター。2004年頃まではギブソン・SG'61 リイシューを使用し、現在は VAN ZANDT ストラトキャスタータイプメインで使用している。 キタダマキ ベース担当。静岡県出身。本名表記は「北田万紀」。 大学時代、60年代のモッズバンドザ・キンクスザ・フー etc)に熱中。その延長で参加したモッズバンドでR&B、ソウルミュージックに傾倒する。後に堀江博久NEIL&IRAIZA)らと共に活動したバンドSTUDIO APESが、EL-MALOの1stアルバム・セッションに参加したのを皮切りに、 その卓越したベースプレイが求められ、コーネリアス、ゆず、salyu、ホフディラン等の様々なミュージシャンや、小泉今日子、メロン記念日等のアイドルレコーディングベースとして携わってきたベテランベーシスト。愛称は「マキリン」。ライブ中のMC、TVなどの収録中も一切喋らない。が、「UP TO THE WORLD #2 動脈」では中畑に誕生日を聞く場面も。 ベースは、主に指弾きで弾いている。 使用機材フェンダー・ジャズベース 中畑大樹(なかはた だいき 1974年7月25日) ドラムス担当。青森県出身。血液型 B型。愛称はナカハタ、大樹ちゃん、なかはたいこ等。 ドラムを始めたきっかけは、家に帰ったら何故かドラムセットが置いてあったから、という理由。 ライブ中によく大声で叫び、よく上半身裸になる。 マメな性格で、ファンへの対応も良い。メンバーの誕生日には祝福のメールを送っている。しかし、当の中畑の誕生日には2人からのメールは来ず、ライブMCにて謝罪を受ける。 かつてはアメリカンロックを中心に愛聴していたが、五十嵐と出会いUKロックも聴くようになった。 delaydeadのジャケットに使用された飛行機プラモデルは、彼が自室に篭って作ったもの。その部屋での様子を撮った写真をカリカの家城に見せ「(真っ暗な部屋に机を置いて作業していたので)これじゃ刑務所ですよ」と言われてしまう。 2005年の9月、大阪でのライブで新曲中心のライブ中に、五十嵐ギターの弦が切れるトラブルが起こり、急遽、五十嵐サブギターで「生活」を演奏し始めるが、途中で中畑は突然、演奏を止めてしまう。突然の出来事に会場がどよめく中、「気が乗らない」と発言。しかし、真相はそのツアーは「新曲で勝負したかったので、過去の曲を一切廃したかった」という思いから出た発言であった。なお、動揺する客に五十嵐は「(ナカハタは)最近反抗期なんだよ」と言ってその場の空気を和ませた。 現在、元ZAZEN BOYSアヒトイナザワの在籍するVOLA & THE ORIENTAL MACHINEというバンドドラムとして参加している。 使用機材TAMAのStarclassic'Set。 2005年9月24日に開催されたイベントdaimasの日記スペシャル」ではPERIDOTS、Vola、Syrupと音楽性の全く違う3つのバンドドラムを叩いた。

五十嵐隆の過去のメンバー

佐藤元章(さとう もとあき) ベース担当。神奈川県出身。血液型 B型。 初代ベーシスト五十嵐、中畑とは専門学校で知り合う。バンドを結成するまで楽器に触った事が無く、バンドを結成してからベースを覚えた。 2002年6月を以って脱退。当時、脱退理由について正式なコメントがなく波紋を呼んだが、2004年のインタビューで「腰が悪いため、腰でリズムを取るリズム隊としては致命的なものがあり、心を鬼にして」と脱退理由について五十嵐が明かした。 絵が得意らしく、インディーズ時代に発表したカセットジャケットデザイン、またアルバムCOPYジャケットイラストを手がけている。 かつて発行していたSyrup会報 デラ!ロッキン では、よくAVやオナニー等の下ネタの記事を書いていた。

五十嵐隆のサポートメンバー

青木裕(あおき ゆたか) ギター担当downyVOLA & THE ORIENTAL MACHINEのメンバー。 以前VOLAと対バンツアーをした際、五十嵐が青木のギター格好良かったので、一緒に出来ないかと話をして盛り上がった後、UP TO THE WORLD#2動脈、静脈で正式にサポートメンバーとなる。その際、「2日で30曲覚えるよう言われた」と語る。 藤田顕(ふじた あきら) ギター担当PLECTRUMのメンバーで、自身のバンドではギター&ボーカルを担当。 2004年のライブ活動に参加。

五十嵐隆の音楽性

サウンドの特徴としては80年代に活躍したポリスなどに影響された五十嵐の奏でるディレイアナログデジタル)を2重にかけた、歪みつつも煌びやかなギターサウンドが特徴。又、五十嵐の作る曲の殆どは、ギターカポタストを使用して音階をあげているのが特徴である。

歌詞のいくつかには言葉遊び的な要素がある。

2004年10月10日に日比谷野外大音楽堂で開催されたライブ「遅死10.10」は、「第一期Syrup16g完結」というコンセプトに基づいて行われた。このライブには前ベースの佐藤、ART-SCHOOLの木下理樹も一般客として参加しており、木下は感動のあまり泣き出したという逸話がある。

第二期とされた2004年以降のコンサートは基本的に新曲を1曲以上演奏するもの(アンコール以外全て新曲だったこともある)が主体となり、五十嵐自身も「ストックが多くある」という旨を雑誌等で語っていたが、一向に新作発表の報は流れず、この間発表されたのはライブ映像とベストアルバムのみでいずれも既発の楽曲から構成されていた。公式ページセットリストすらかつてのように仮タイトルすら付けられず「新曲」とのみ表記されていた。

五十嵐隆の作品

五十嵐隆のシングル

パープルムカデ (2003年9月17日)

パープルムカデ

(I'm not) by you

回送

根ぐされ

My Song (2003年12月17日)

My Song

タクシードライバー・ブラインドネス

イマジン

テイレベル

リアル (2004年3月24日)

リアル

うお座

うお座 (2004年4月7日)

タワーレコード限定発売

うお座 アルバムMix

リアル アルバムVer.

I・N・M (2004年4月07日)

新星堂限定発売

I・N・M

ハミングバード

五十嵐隆のアルバム

Free Throw (1999年12月25日)

TiNSTAR RECORDSより販売。廃盤。

COPY (2001年10月05日)

代沢レコードより販売。

coup d'Etat (2002年6月19日)

delayed (2002年9月25日)

HELL-SEE (2003年3月19日)

Mouth to Mouse (2004年4月21日)

delayedead (2004年9月22日)

syrup16g (2008年1月30日)

五十嵐隆のベストアルバム

動脈 (2006年8月25日)

静脈 (2006年8月25日)

五十嵐隆のデモテープ

翌日e.p. (1998年8月)

翌日/キミのかほり/たわいないくもり/うつくしいもの/ラクダAre you hollow?

Syrup16g01 (1999年12月15日)

明日を落としても/anything for today

Syrup16g02 (1999年12月15日)

水色の風/向日葵

Syrup16g03 (2000年11月26日)

サイケデリック後遺症/愛と理非道

五十嵐隆のDVD

BLACKSOUND/BLACKHUMOR (2004年6月02日)

廃盤

遅死10.10 (2005年1月26日)

GHOST PICTURES (2007年11月28日)

「the last day of syrup16gsyrup16g最後の日 The complete document of LIVE FOREVER ?the last waltz of syrup16g? live at 日本武道館 2008/03/01 (2008年5月28日)

五十嵐隆のエピソード

テイレベル」では、五十嵐が通っていた男子校での高校生活を歌っている。

「遁生」(エレファントカシマシのトリビュートアルバム「花男」に収録)は、五十嵐の自宅の風呂場で、「根ぐされ」は中畑とともに知人宅の風呂場で早朝に、近所の騒音苦情にびくびくしながらレコーディングしたもの。

お笑い芸人ダイノジラジオ五十嵐氏が出演した際、「スタジオ内を葬式みたいな空気にした」と揶揄されたことがある(大谷ノブ彦はシロップのファンである)。

シロップが借りているレコーディングスタジオを「ニャンニャンスタジオ」と言う。因みにマンションの一室である。実際にレコーディングを行えるのは風呂(ユニットバス)。ニャンニャンさんと言う人が実在し、その人の名前からスタジオ名がつけられたらしい。

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『五十嵐隆』より
取得日:2008-08-22

五十嵐隆の関連サイト

五十嵐隆 関連サイトをもっと見る

↑ページの上にもどる