佐藤敦之

佐藤 敦之(さとう あつし、1978年5月8日 - )は福島県会津若松市出身、中国電力陸上競技部所属男子陸上競技長距離種目・マラソン)選手。身長170cm、左利き。

佐藤敦之の経歴

会津若松市立第四中学校、福島県立会津高等学校、早稲田大学卒業。榊枝広光(順大-日産自動車)は中学校時代の同級生である。

男子ハーフマラソン日本記録保持者(1時間0分25秒)で、2003年のパリ世界選手権、及び2008年の北京オリンピック男子マラソン代表

2007年7月7日、女子800m日本記録保持者の杉森美保(所属:ナチュリル)と入籍。

2008年8月24日、北京オリンピック最終日の男子マラソンに出場したが、レース前の調整に失敗、ハイペースレース展開に序盤で早々脱落。一時は途中棄権も危惧されるほどペースダウンしたが、最終的には完走した選手では最下位となる2時間41分8秒のタイムで76位でゴールした。最後の走者であることに対して、また佐藤のゴール後に深々と頭を下げた一礼に対して、観客は心温かい歓声と拍手を止めなかった。

佐藤敦之の人物

走りのためになると思ったことは全て実行し、エレベーターエスカレーターはもとより、自転車にも乗らないなど徹底している。かつて「走る修行僧」と呼ばれていた瀬古利彦は 本当の修行僧佐藤敦之だ。 と評した。

そんな自他共に認めるストイックさが逆に災いし、自らを追い込みすぎるあまり、過緊張によって力みが生じ失速するレースが一時続いた。しかし結婚を期にゆとりが生まれ、2007年後半の好成績に繋がったという。

人や物への感謝の気持ちを大切にしており、レースゴールした直後、そのトラックコース)や観客に対して四方に深々と一礼する、礼儀正しい選手。早稲田大学時代には、割箸の再使用チームメイトに勧めていたこともある。

また一時期「微笑み走法」を用いていたことでも知られるが、坂口泰監督に怒られたこともあり、その後封印している。

佐藤敦之の主な実績

1991年 - 全日本中学校陸上競技大会1年1500mで9位

1992年 - 全日本中学校陸上競技大会2年1500mで優勝

1993年 - 全日本中学校陸上競技大会1500mで2位、3000mで2位

1995年 - 全国高等学校総合体育大会5000mで5位(14分17秒70)

1996年 - 全国高等学校総合体育大会5000mで5位(14分27秒51)

2000年 - 第55回びわ湖毎日マラソンで4位(2時間9分50秒、当時の日本学生記録を更新)

2003年 - パリ世界選手権男子マラソン10位

2007年 - 10月14日 イタリアウディネにてハーフマラソン日本記録を更新して9位

2007年 - 12月2日 第61回福岡国際マラソンで日本歴代4位の2時間7分13秒で日本人最高の3位

2008年 - 8月24日 北京オリンピック男子マラソンで、2時間41分8秒の76位

佐藤敦之の自己記録

5000m : 13分33秒62 

10000m : 27分56秒86

ハーフマラソン : 1時間0分25秒

フルマラソン : 2時間7分13秒

佐藤敦之のマラソン全成績

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『佐藤敦之』より
取得日:2008-08-26

佐藤敦之の関連サイト

佐藤敦之 関連サイトをもっと見る

↑ページの上にもどる