吉野家

「吉」の文字は公式の表記「」と異なる可能性があります。
牛丼

吉野家(よしのや)は、牛丼をメイン商品とする大手外食チェーンストア牛丼屋)である。株式会社吉野家ホールディングス(略称:吉野家HD)の子会社株式会社吉野家(英称:Yoshinoya Co., Ltd.、略称:吉野家)が、同店の運営企業である。本社所在地は、東京都新宿区にあり、日本だけでなく中国・香港・台湾・フィリピン・シンガポール・マレーシア・アメリカ・オーストラリアにも支店を持つ。

吉野家の概要

築地店

吉野家は、1899年に東京・日本橋で創業。創業者・松田栄吉大阪吉野町(現在の大阪市福島区吉野)の出身だったことから屋号が吉野家となった。

2003年までは牛丼のみの単品販売が特徴的で、2001年夏にはコスト削減による体制を整えた上で外食大手の低価格競争に追随し、牛丼並盛一杯280円という低価格と他のファストフード店と比べても一線を画す配給スピード築地本店の店長の盛り付け速度は1杯あたり15秒)で人気を集めた。バブル崩壊以降、マクドナルドとともに、低価格路線を採った外食産業における代表的な店である。

他の牛丼店と同様、原料である牛肉のほとんどがアメリカ合衆国からの輸入であるため、2003年にワシントン州でBSE牛海綿状脳症)感染牛が確認され米国からの輸入が停止されると牛肉の調達が不能になり、一時牛丼販売の休止に追い込まれ、営業の縮小や、牛カレー丼、豚丼などの代替商品緊急投入を余儀なくされた。

牛丼を休止した理由として「米国産牛肉でなければ吉野家の牛丼の味が出せない」「米国産牛肉以外だったらタレの構成配分を変えなければいけない」「別の(肉をメインに使用した)牛丼を出したら「これ違う」と客から文句が出るに違いない」「長期的視野で間違いの少ない選択をするため」との見解を示している。

吉野家の創業からの組織体制

1899年に東京都中央区日本橋にあった魚市場にて個人商店吉野家が創業された。

その後、株式会社に移行し「株式会社吉野家」となる(株式会社吉野家には2世代あり、初代は1958年の設立から1988年の商号変更まで存在(現在の持株会社)。2代目は2007年10月1日に設立し現在に至る、初代とは別の新設会社)。

(初代)株式会社吉野家は、1958年に設立された。1980年に、業績不振で会社更生法の適用を申請し、100億円の負債を抱え事実上倒産する。会社更生法適用申請後セゾングループ傘下で再建。1988年に同じセゾングループダンキンドーナツを運営・展開していた株式会社ディー・アンド・シーと合併、社名が吉野家ディー・アンド・シーとなった(合併後も引き続きダンキンドーナツを運営していたが、業績不振により1998年にダンキンドーナツ事業から撤退)。1990年1月に株式を店頭登録株式公開企業としての復活を果たした。さらに2000年11月には東証一部へ上場。また、アルバイト出身のたたき上げとして安部修仁代表取締役社長(現:吉野家ホールディングス代表取締役社長)就任時には話題となった。

持株会社への新体制移行に伴い、2007年10月1日より株式会社吉野家ディー・アンド・シーから社名を株式会社吉野家ホールディングスへ変更。そして、同日、吉野家事業に特化した(2代目)株式会社吉野家を設立したため、吉野家事業は同社の運営となっている(持株会社については、#持株会社およびグループ構成企業を参照)。

吉野家の沿革

新宿南口店 都市型店舗の一例 吉野家 ロードサイド店舗の一例 代々木店 小型店舗。外観を牛丼専門店に改装した店舗の一例

1899年 - 東京都中央区日本橋にあった魚市場に個人商店吉野家が誕生(創業)。

1926年 - 魚市場築地市場移転に伴い、築地へ移転。

1952年 - 24時間営業を開始

1958年12月27日 - 牛丼屋企業化をめざし(初代)株式会社吉野家を設立。

1973年 - フランチャイズ事業を開始(1号店・小田原店

1975年 - アメリカ1号店(デンバーオープン

1980年 - 会社更生法の適用を申請し事実上の倒産。店舗の急増に伴い、つゆのコストダウンのために粉末のつゆに変更したこと、輸入牛肉の供給不足のため、輸入制限が適用されないフリーズドライ乾燥牛肉の利用に踏み切った事などから、味の悪化による客離れの進行、さらに外食産業の発達に伴う輸入牛肉需要増による牛肉価格の高騰から原価の上昇などの複合要因によって経営が急激に悪化した事が原因。

1983年 - 更生計画が認可され、セゾングループ傘下で再建に乗り出す。一時期はダイエー傘下での再建も検討されたが、最終的にダイエー側が断念。

1987年 - 更生計画終結。倒産の元になった債務(更生債務100億円)を完済。

1988年 - 同じセゾングループダンキンドーナツ運営会社株式会社ディー・アンド・シー」と合併し、株式会社吉野家ディー・アンド・シーとなる。

1988年2月 - 台湾1号店(台北)オープン

1990年 - 株式店頭公開JASDAQ店頭市場、現ジャスダック証券取引所)。

1991年 - 香港1号店オープン

1991年 - 中国・北京1号店オープン

1997年 - 会社更生法の適用を申請した持ち帰りすし店チェーン「京樽」の再建支援に乗り出し、子会社化シンガポール1号店オープン

1998年 - 高知県初出店し、全都道府県への出店を達成。ダンキンドーナツ事業から撤退。

2000年11月 - 東京証券取引所第一部に上場。

2001年 - フィリピン1号店オープン

2001年3月 - カレーショップPOT&POT運営会社として株式会社ポット・アンド・ポット(現・株式会社千吉)を設立。

2001年3月23日 - 東日本旅客鉄道(JR東日本)の外食グループ会社であるジェイアール東日本レストラン(現ジェイアール東日本フードビジネス=JEFB)との業務提携により、JR駅構内1号店「駅の牛丼 吉野家 JEFBジェフビー)」を東京・渋谷駅のハチ公口高架下オープンし、同31日には赤羽駅南改札内に2号店をオープンした。

2001年7月26日(西日本)・8月1日(東日本) - 外食大手の低価格競争に追随し、牛丼並400円→280円に値下げ(2004年2月まで)。

2002年 - 中国・上海1号店オープンニューヨークタイムズスクエア近くに開店し話題に。

2002年10月 - 株式会社上海エクスプレスワールドワイドの運営する「上海エクスプレス」および「ニューヨーク/ニューヨーク」の営業譲渡を、子会社株式会社築地家が受けて、株式会社上海エクスプレス商号変更

2003年1月31日 - 株式会社三幸舎ランドリーセンターの株式を51%取得し、子会社化(障害者雇用の特例子会社)。

2003年8月1日 - 株式会社石焼ビビンパの増資に応じて、出資比率を18%から67.2%に上げ子会社化

2004年1月15日 - マレーシア1号店オープン

2004年2月11日 - BSE問題の影響でアメリカ産牛肉輸入停止による影響を受け、一部店舗を除き牛丼の販売を休止(詳しくは後述参照)。

2004年6月1日 - 讃岐うどん店のはなまるうどん運営会社株式会社はなまると資本業務提携。33.4%出資してグループ企業化

2004年10月25日 - オーストラリア1号店オープン

2004年10月27日 - 中国・深?1号店オープン

2005年4月7日 - 西洋フードシステム九州から分割して新設された、九州吉野家全株取得して子会社化

2006年5月19日 - 株式会社はなまるへの出資比率を51%に高めて、子会社化

2006年9月6日 - 安部社長が記者会見を行い、2年7ヶ月ぶりに牛丼の販売を9月18日に限定再開する件を発表。

2006年9月18日 - 「牛丼復活祭」限定100万食プロモーションキャンペーンを実施。有楽町店での復活イベントを各マスコミが報道、虎ノ門店にはジョン・トーマス・シーファー駐日アメリカ大使が来店し、牛丼復活を祝福するなど米国産牛肉のPR活動を行った。

2006年12月 - 相次ぐ飲酒運転事故に対する社会的な批判を受けて、駐車場付店舗全店におけるアルコール類(冷酒・ビール)の販売を、在庫がなくなり次第中止する(駐車場のない店舗については今後も販売を継続)。

2007年2月28日 - 2007年10月1日をもって純粋持株会社への移行を発表。

2007年8月30日 - 「びっくりラーメンチェーンを運営するラーメン一番本部が民事再生法の適用を申請したのを受けて、大阪地裁の許可を条件に店舗や工場などの事業を譲り受ける形で支援に乗り出す方針を発表。成り行きは違うが所縁の地は、奇しくも同じ大阪市福島区吉野である。

2007年10月1日 - 持株会社体制への移行に伴い、株式会社吉野家ディー・アンド・シーから社名を株式会社吉野家ホールディングス商号変更。また、吉野家事業に特化した100%子会社の(2代目)株式会社吉野家を同年同日に設立(後述)。

2007年10月11日 - 2007年8月中間決算発表の会見で吉野家HD社長は「吉野家は全国一律という価格戦略を転換する」方針を発表。発表時点では具体的な実施時期・地域・内容は未定であり、明確な値上げのスタンスには否定的。

2007年11月1日 - 四国内の店舗を運営していたフランチャイジー株式会社グローバルフードサービスから会社分割する形で株式会社四国吉野家を設立、同時に株式会社吉野家完全子会社化

2007年11月27日・12月5日?12月11日 - 「歳末牛丼祭」として、期間限定であるが2004年2月以来、約3年10ヶ月ぶりに牛丼の24時間販売を行う事と牛丼・牛鮭定食・牛皿の50円引きセールを行う事を2007年11月27日に発表し、同年12月5日午前11時から同年12月11日午前零時までの1週間限定で実施された。

2007年12月12日・27日 - 業績不振で支援先を探していたステーキレストラン最大手の「どん」を吉野家HDが子会社化することで両社が大筋合意し、同月27日資本・業務提携すると正式発表。翌2008年2月末にどんは持ち分法適用会社となった。

2008年3月17日・20日 - 牛丼主原材料となる米国産牛肉調達先開拓が進み、終日営業に必要な量の確保が可能となった事により、全国の吉野家約1040店で牛丼の常時24時間販売を再開すると3月17日発表、同月20日実施。また「完全復活」を記念して特別割引券を全国の主な店舗で枚数限定にて同月20日午前0時より配布。

2008年4月21日・23日 - 伊藤忠商事が吉野家向けに2007年8月に輸入した米国産牛肉ナショナルビーフカリフォルニア工場出荷)700箱中1箱から特定危険部位の脊柱が混入していた腰部の肉を吉野家加工工場東京工場」(埼玉県大利根町)で4月21日発見、農林水産省厚生労働省は同月23日この事実を発表。問題の牛肉は工場でのチェック体制がきちんと働いたことにより、消費者には販売されていないため「吉野家の牛丼は安全だ」と同社は強調した。

2008年6月 - 持ち株会社化により当月以降配布の株主優待が変更され、吉野家とおかずの華以外に石焼ビビンバ千吉及ピーターパンコモコでも使用可能となった。

2008年9月 - 店舗数(2008年9月末現在、1,077店舗)が、ゼンショーの運営する「すき家」(2008年9月末現在、1,087店舗)に抜かれて2位に転落する。

2009年春、イオン電子マネーWAONを導入。吉野家WAONカード(仮称)発行(予定)

吉野家のメニュー・サービス

吉野家の主なメニュー

牛丼 並の一例 新味豚丼 並の一例

牛丼 - 並・大盛・特盛

吉野家主力商品。注文における構成比は、BSE問題などの影響で減少してはいるものの、6割弱を占める(2008年5月時点)。

豚丼 - 並・大盛・特盛

キムチ丼 - 並・大盛・特盛

牛焼肉定食 - 並・大盛

など。

その他詳細メニューについては「吉野家」公式サイトを参照

アルコール類は一人3本まで。風営法が定める公安委員会の許可を取っていないため提供時間は6時?24時までとなっている。

近年の飲酒運転事故の多発から、2006年12月をもって、駐車場付店舗全店におけるアルコール類(冷酒・ビール)の販売に関しては在庫がなくなり次第販売を中止した(なお、駐車場のない店舗については今後も販売を継続)。

一部店舗において試験メニューの販売が行われているケースもある。

沖縄県内吉野家では、タコライスが販売されている(24時間提供)。 

吉野家の注文時の専門用語

メニューには載っていない、専門用語を使ったオーダーも一部受け付けている。

つゆだく - つゆだくさんの略。汁が多め。丼を少し傾けただけで汁が見える。

つゆぬき - 具の汁を切って載せる。玉を振って汁を切る。

ぎょく - 生卵のこと。キャスト(店員)は単純に「玉子」と呼称。

半熟 - 半熟卵のこと。

頭(あたま)の大盛 - ご飯の量は並で具の量が大盛(大盛り料金)。

頭(あたま)の特盛 - ご飯の量は並で具の量が特盛(特盛り料金)。

軽いの(ご飯「小」) - ご飯を少なくすること(用例「軽いのいっちょう」)。

過去

つゆだくだく - 現在原則としてこの様な特殊オーダーは存在しない。実際に使っているお客はつゆだくの意味すら知らない人も少なくない。但し以前はこの様にして注文を受け付けていたこともあるため、その名残で使用している客や、「だく」の数を増やすほど「更に追加量が増える」の意図で使用している客もいる。そのため営業部地域単位)での対応に若干差がみうけられる(店長及びお客様相談室談)。

ネギ抜き - タマネギを抜いた具。「肉のみ」ともいうが、断られることもあった。普通に盛ってからネギを抜くのが正式で、その分肉が増えるわけではない。豚丼では出来ない場合が多かった。

ネギだく - 具のネギを多めに入れたもの。牛丼復活後は断る店舗が多かった。これも豚丼では出来ない場合が多かった。

築地店のみ使用される専門用語の例

ツメシロ - 冷ました白ご飯に熱い牛肉汁だくをかけたもの。市場の従業員が早く食べるため。

アツシロ - ご飯をレンジで更に熱くした牛丼。そこに生玉子をかけて、余熱で半熟状態にする。

冷汁 - 冷ました味噌汁かけんちん汁を牛丼にかける。

トロダク - 脂身(トロ)を多めに入れたもの。

トロ抜き - 脂身を少なめにしたもの。

など。

築地店では、こだわりの注文法を持った、市場内で働く業者の常連が多く存在し、それに合わせて多種多様な注文に対応できるマニュアルを用意しており、吉野家店員も了解して準備していることなので、他の店舗では不可能。

吉野家の原材料・調理

原材料

主要メニューの牛丼に使用されている原材料の産地は下記のようになっている(表記は使用量の多い順である)。

牛肉 - 米国、その他(メキシコオーストラリア等)

主に米国の穀物肥育牛のばら肉を使用しているが、オーストラリアでも穀物肥育牛のばら肉を生産しているので、以前から現在に至るまで、少ない割合ではあるが牛丼にも豪州産牛肉を使用している(牛肉総使用量の内、豪州産の割合は牛丼休止前:1%前後、牛丼販売再開後:10%程度となっている)。

米国産牛肉BSEに関する事は「#BSEによる米国産牛肉輸入停止の影響」を参照。

玉ねぎ - 日本、米国、中国

米 - 日本

その他メニュー原材料については「吉野家」公式サイトを参照

調理

中心メニューである牛丼や豚丼の具を大鍋で煮込むための調理スペースメインとなっており、競合他社のような焼きスペースは設けられていない。牛鮭定食などで提供される焼魚などについては一切れずつ焼くのではなく、大正時代に開発された蒸し焼き調理法を採用し、あらかじめ大量にスチーム調理してレトルトパウチされているものを電子レンジや湯煎などで温めなおすことで、手間を最小限に留めている。汁物に関してもレトルトパックにされたけんちん汁や豚汁を電子レンジや湯煎などで加熱している(各手法は店舗ごとに差異がある)。 牛丼レギュラーメニューとして復活して以降、豚丼に関しては1食ごと小分けに冷蔵保存し、注文ごとに加熱提供するケースもある。

吉野家の店舗

基本は、馬蹄形(U字型)のカウンター席。「牛丼を単品で早く出す」ことに特化した作りとなっている。吉野家利益率の向上に一役買っているが、2008年時点では来客の8割以上が男性一人となっており、新たな客層を取り込む側面からはデメリットとなっている。そのため、ファミリー層や女性グループなど取り込みたい客層に応じて、後述のテーブル型を増やすといった出店戦略を採るようになった。

吉野家の特徴ある店舗

小型の牛丼専門店

多品目メニューの展開に適さない小型店舗を対象にした単品の牛丼専門店を2007年以降展開する。

テーブルサービス店舗を展開

吉野家の客層は男性中心で女性層や家族層に弱かったため、対策として定番のカウンター席を縮小し、2?8人程度が同時に座れるテーブル席を中心としたファミリーレストランスタイルテーブルサービス型郊外店を増やしている(先行実験店舗として宮城県仙台藤松店がある)。

全国売り上げ第一位の店舗

吉野家における全国売り上げ第一位の店舗は「有楽町店」である(2007年11月現在)。要因として「有楽町駅に隣接」「通常の店舗より大きく客席数が多い」「回転率が高い」「オペレーション練度の高い店長・店員」等がある。

吉野家の実験的店舗

市場調査の為、実験的店舗を開設していることがある。いずれも1990年代後半頃に通常型店舗に改装、または閉店となっている。

吉野家USAYOSHINOYA USA

吉野家が米国で展開している店舗を参考に1990年前後?1990年代後半に展開された店舗。

浜松町水道橋北浦和上北沢、国立、東大和、沖縄などに存在した。

メニュー米国流に呼称するのが特徴(牛丼→ビーフボウル、大きさ:並→レギュラー、大盛→ラージ、特盛→エクストララージ など)。

米国の店舗にあるチキンボウル焼鳥丼)やソフトドリンクなど日本の通常型店舗と異なったメニューが存在した。

特選吉野家あかさか

吉野家高級店路線として1990年代初旬?後半頃に展開された店舗。東京都港区赤坂に存在した。

料亭を感じさせる外装と高級感漂う内装、テーブル、いす、食器類。肉は日本国産牛を使用。味の評判も高かった。

メニューは牛丼などの単品が1000円前後、そのセットが各種1000円以上。その他「特選しゃぶしゃぶ」やワインなど通常型店舗と異なったメニューが存在した。

吉野家うどん

1980年代中盤?1990年前後にうどん専門店が展開された。

他にも、惣菜専門店カレー店など、アンテナショップを1?数店舗出店市場調査する戦略を一時期行っていたが、調査終了後に閉店している。

吉野家のBSEによる米国産牛肉輸入停止の影響

2003年

12月24日 - アメリカワシントン州においてBSE牛海綿状脳症)感染疑惑牛発見の発表があり、同12月26日に政府はアメリカ産牛肉輸入禁止を決定。これに対応するため、都内を中心とした11店舗で年末年始の休業や深夜時間帯(日本時間22:00から翌朝10:00まで)の営業休止を行う。

12月30日 - 深夜閉店店舗を123店舗に拡大。

2004年

1月1日 - 特盛販売中止、朝定食の終日販売。

1月6日 - 一部店舗で新商品の「吉野家カレー丼」の販売を開始。その後、「吉野家のいくら鮭丼」、「豚キムチ丼」、「吉野家マーボー丼」、「吉野家焼鶏丼」などの新メニュー順次展開

2月11日 - アメリカ産牛肉の禁輸が長引き在庫がなくなったため、牛丼、牛皿、牛鮭定食の販売休止に踏み切る。これに伴い、前日の2月10日最後の一杯を食べに熱心なファンや一般客、話題性から今まで食べたことがなかった人も店に駆けつけ、一部店舗で食べ納めの行列ができた。 ※但し、創業店として特別な位置付けがされている築地店や、出店契約や他店との兼ね合いで牛丼以外のメニューを提供できない競馬場戸田競艇場内にある店舗では、国産牛などを使って牛丼の販売を継続するが、価格は並盛で500円、競馬場競艇場では大盛のみの提供で650円に値上げされる。

2月11日 - 茨城県神栖町(現神栖市)「124号線神栖店」で酒に酔った客が牛丼の販売中止に対して暴れ、逮捕される。

2月19日 - 長崎県長崎市長崎滑石店」で酒に酔った客が牛丼の販売中止に対して店員に暴行を加え、逮捕される。

2月23日 - トリインフルエンザによる中国、タイの両国からの鶏肉禁輸処置で鶏肉の在庫が少なくなったとして、「吉野家焼鶏丼」を3月中旬をめどに一旦販売中止する方針を発表。牛丼の販売中止を受けて代替メニューとして販売していたが、結局2ヶ月強で販売打ち切りとなる。

3月11日 - 代替メニューカレー丼などが不調で、「松屋」「すき家」「なか卯」など他チェーンへの流出が続いているため、販促キャンペーンとして3月15日までの期間限定で「豚丼」並盛を250円に値下げ、かつ期間中は他のメニューの提供を中止。この日から、朝定食の販売時間を従来の午前5時?10時に戻した。

12月上旬 - オーストラリア産牛肉を使った「牛焼肉丼」の提供開始

2005年

10月1日 - 豚丼、豚皿の値段を10円値上げ。同社は「牛丼で目指してきた何度食べても飽きないうまさを、豚丼でも実現するべく研究を続けてきた結果、たれの味に熟成を重ねて作り上げた自信作」としている。店内でも同内容の告知放送を続けている。

12月12日 - 日本政府が米国・カナダ産牛肉禁輸措置を、月齢20ヶ月以下に限定して正式解除

2006年

1月20日 - 日本外資系商社の注文により米国から輸入された仔牛肉特定危険部位である脊柱が混入していたことが検疫で発覚したため、再度米国産牛肉輸入全面停止を決定。

5月19日 - 日米専門家会合でアメリカ食肉処理施設の事前調査などを条件にアメリカ政府輸入再開に向けて大筋合意

6月21日 - 米国産牛肉輸入再開決定で日米が正式合意

7月27日 - 米国産牛肉輸入再開解禁

9月4日 - 社内イベント牛丼復活決起集会都内某ホールで開催。

9月18日 - 「牛丼復活祭開催用に作られた特製のたれを使用。長時間煮込んだ濃厚な味が吉野家の牛丼の特徴だが、限定販売で長時間煮込むことができないため、最初からある程度味を調えた特製たれで提供された。

9月21日 - 今後の安定提供に向け、テストとして北海道内の店舗のみ、午前11時から午後3時までの時間限定で牛丼を毎日提供。

10月1日?10月5日 - 全国牛丼復活祭を開催、期間限定牛丼販売。

11月8日 - 安部修仁代表取締役社長が視察したアメリカ牛肉加工業社・スイフト社から輸入された牛肉に、日本政府が危険部位にしている箇所の肉が混入していることが発覚し、同社からの牛肉輸入が停止された。

11月1日?11月5日 - 前月に引き続き、全国で期間限定牛丼販売。

12月1日 - 全国で毎日昼食時間帯(11時から15時)のみの販売開始。

2007年

2月21日 - 3月1日より、牛丼の販売時間を深夜0時までに延長することと、「特盛」「牛皿」「牛鮭定食」の販売を再開することが発表された。

10月11日 - 2007年8月中間決算発表の会見で吉野家HD社長は「2007年12月、2008年2月の第4・四半期には、来期の価格戦略や牛丼販売時間などを決めたい」とし、牛丼の常時24時間販売計画は、2007年下期分には織り込んでいないとした。

11月27日・12月5日?12月11日 - 期間限定であるが、2004年2月以来、約3年10ヶ月ぶりに牛丼の24時間販売を行う事を11月27日に発表し、12月5日午前11時から同年12月11日午前零時までの1週間限定で実施された。その際「まだ(牛丼の)24時間販売をフルに再開できない」と牛丼の常時24時間販売計画は未定である事を再度示した。

2008年

3月17日・20日 - 牛丼主原材料となる米国産牛肉調達先開拓が進み、終日営業に必要な量の確保が可能となった事により、全国の吉野家約1040店で牛丼の常時24時間販売を約4年1ヶ月ぶりに再開すると3月17日発表、同月20日実施。これにより、牛丼の販売時間に関してはBSE騒動による販売休止以前の状態に戻った。

4月21日・23日 - 伊藤忠商事が吉野家向けに2007年8月に輸入した米国産牛肉ナショナルビーフカリフォルニア工場出荷)700箱中1箱から特定危険部位の脊柱が混入していた腰部の肉を吉野家加工工場東京工場」(埼玉県大利根町)で4月21日発見、農林水産省厚生労働省は同月23日この事実を発表。問題の牛肉は工場でのチェック体制がきちんと働いたことにより、消費者には販売されていないため「吉野家の牛丼は安全だ」と同社は強調した。特定危険部位の混入は2006年7月の米国産牛肉の輸入再々開以降初めてとなる。当該工場以外にも調達先があるため「牛肉の在庫は確保しており、24時間販売の見直しはしない」(吉野家HD広報部長)としている。

吉野家のBSE・中国産野菜に対する企業姿勢

吉野家は終始、独自調査等の結果を根拠に米国産牛肉の安全を主張している。

対してすき家・なか卯を抱えるゼンショーは、米国産牛肉について「安心して食べて下さいと言える段階ではない」という認識を持っており、輸入禁止から現在に至るまで一貫して慎重な姿勢を採っている。

中国産野菜について、「堂々と使う。きちんと管理し検査をしている以上、中国産も国内も同じことだ。」と出射孝次郎吉野家社長)が公言している。

吉野家の持株会社およびグループ構成企業

株式会社吉野家ホールディングスは、吉野家グループ持株会社である。外食産業競争激化に伴い、従来の牛丼中心から多角的に外食事業を行なうために、持株会社化したものである。2007年10月1日に、会社分割により吉野家事業のみを行なう完全子会社株式会社吉野家を設立して、従来の株式会社吉野家ディー・アンド・シー株式会社吉野家ホールディングス商号変更する形で、