大崎悟史

大崎 悟史(おおさき さとし、1976年6月4日-)は、NTT西日本関西陸上部所属のマラソン選手である。大阪府堺市出身。

大崎悟史の経歴

湊西小学校(現新湊小学校)、大浜中学校、清風高等学校から山梨学院大学を経てNTT西日本関西に入社。

清風高校時代は全国高校駅伝に3年連続出場し、2年・3年時は1区を走りチームの2年連続入賞に貢献した。また、インターハイでも1500mで入賞を果たしている。

山梨学院大学時代は3年の時に箱根駅伝で10区の区間賞を獲得、だが在籍中に優勝の経験は無い。

大学卒業後はNTT西日本関西に入社し、定時まで仕事をこなした後に練習を行うサラリーマン選手として活動。こうした恵まれない環境ながらも、マラソン選手として成長を続ける。

2004年の東京国際マラソンでは、高校時代からのライバルであるダニエル・ジェンガ優勝争いを繰り広げ3秒差の2位(2時間8分46秒)に入る。この大会はアテネオリンピック代表選考会でもあり、代表入りの期待もあったが代表からは漏れた。

2005年のヘルシンキ世界選手権代表争いでも俎上に上ったが、またしても代表入りを逃し、2回連続の不運に同情が集まった。しかし、2006年のドーハアジア大会で銅メダルを獲得、2007年に地元大阪で行われる世界陸上の代表の座を、大学の先輩である尾方剛中国電力)とともに射止めた。

2007年8月25日に開催された大阪世界陸上選手権男子マラソンでは、2時間18分06秒のタイムで日本人では尾方に続いて2番目のゴール。6位入賞と健闘したが惜しくもメダル獲得はならず。なお男子マラソン団体戦では金メダルを獲得した。

2008年3月2日、びわ湖毎日マラソンに出場、自己ベスト記録の2時間8分36秒で3位(日本人選手で1位)に入る。その後3月10日、日本陸連の理事会において、念願であった北京オリンピック男子マラソン代表正式決定となった(他代表選手尾方剛と、尾方と同じ中国電力所属佐藤敦之)。

2008年8月24日開催の北京五輪男子マラソン出走予定だったが、レース前日の8月23日に股関節故障悪化のため突如欠場を表明。結局スタートラインに立つことなくリタイアすることとなってしまった(日本陸連は既に補欠代表登録を解除しており、藤原新の補欠繰上も消滅となる)。又、男子マラソン本番の他日本男子代表の2選手の成績は、尾方が13位に留まり、佐藤は全選手中最下位の76位に終わり、結局3選手ともメダル・入賞はならなかった。

大崎悟史のマラソン全成績

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『大崎悟史』より
取得日:2008-08-26

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