天才バカボン (てんさいバカボン)は赤塚不二夫の代表作であるギャグ漫画。
天才バカボンの概要
天才バカボンの連載開始
おそ松くん でギャグ漫画の漫画家として不動の人気を得た赤塚不二夫が、続けて描いた作品。初出は、1967年4月9日発行の週刊少年マガジンである。「バカボン」の語源には諸説あり、「バカなボンボン」から由来する説、「バガボンド=放浪者」からきたとする説、そして仏教語の「婆伽梵=釈迦」からきているという説もある。ちなみに1993年に赤塚本人がテレビ番組で「バガボンド説」を言っているが(元々「天才バカボンド」というタイトルの予定であったため)、「だからパパは無職でなくてはならない」とも言っており、バカボンではなくパパを基準にしているところが疑問でもある。バカボン一家の居住地の設定は、赤塚不二夫自身の事務所「フジオプロ」がある東京都新宿区中落合。アニメ版では確認できないが、コミック版ではこのことに幾度も触れており、実際に中落合界隈に存在する店舗名もしばしば登場する(赤塚自身も 下落合焼とりムービー という映画を制作している)。
その後、週刊少年サンデー、週刊ぼくらマガジンと連載雑誌の断続的な切り替え等を行い、1976年12月5日発行の週刊少年マガジンで一応の完結を見るが、その後も登場人物の抜群のキャラクターぶりを発揮して、現在に至るまで単なるギャグ漫画の枠を越えた、単行本、テレビ、CM等各種メディアに多数出演しており、その全貌を把握することは困難である。また作品自体も、何度かにわたりコミックボンボン等で再執筆され、コミックボンボンでは2006年12月号まで傑作選が掲載されていた。傑作選は当時の再録だが、時代にそぐわないセリフや過激な下ネタ等が差し替えられていた。
なお、作品中には作品タイトルである「天才バカボン」と同名のキャラクター「バカボン」が登場するが、当作品において主に活躍するのは「バカボンのパパ」であり、バカボンのパパと彼を取り巻く様々な登場人物との絶妙な関係が今作品の原動力となっているといえる。実際、バカボンが登場しない話が数話ある。
2007年10月17日、連載開始40周年を記念して、連載を取り合ったライバル出版社の講談社と小学館が協力し、ベスト集2冊を発売。内容は異なるが、題名や表紙のデザインを統一するという、異例の企画。題名は 天才バカボン THE BEST 。2冊ともB6判で352ページぎっしり詰まった内容。講談社版には単行本未収録作品も多く含み、小学館版には週刊少年サンデー掲載分をすべて収録している。
天才バカボンのテレビアニメ化
そして欠かすことができないのが、この作品のアニメ化である。4回にわたりアニメ化され、世代を通じ子どもたちを中心に爆発的な人気を得るようになり、現在もその人気は不動のものであると言える。
天才バカボン(よみうりテレビ・東京ムービー、1971年9月25日 - 1972年6月24日、全40回)
元祖天才バカボン(日本テレビ・東京ムービー、1975年10月6日 - 1977年9月26日、全103回)
平成天才バカボン(フジテレビ・スタジオぴえろ、1990年1月6日 - 同年12月29日、全46回)
レレレの天才バカボン(テレビ東京・スタジオぴえろ、1999年10月19日 - 2000年3月21日、全24回)
特に、1987年?1988年頃にかけて、テレビ東京が平日夕方に「元祖天才バカボン」を再放送したところ、視聴率が10?20%近くに昇り、天才バカボン人気が復活した。「平成天才バカボン」はこのような経緯で制作されたが、内容は、ほぼ「元祖…」のリメイクであった。ちなみに「平成天才バカボン」は首都圏の独立UHF局で再放送されることがあったものの、反面「天才バカボン」と「元祖天才バカボン」は「平成天才バカボン」の本放送以降は地上波(キー局とその系列地方局)での再放送が皆無となっている(第2作と第3作はアニマックスで、第4作は、ファミリー劇場・キッズステーションで再放送がされている。第1作と第3作も2007年2月にそれぞれカートゥーン ネットワーク・ファミリー劇場での再放送が決定)。一方、第1作のアイドル・フォーが歌う主題歌のイメージが今なお強いせいか、他3作の主題歌は影が薄くなっている。
「元祖天才バカボン」の1979年1月30日再放送の第92話では最高視聴率である25.7%を記録した。
「レレレの天才バカボン」が赤塚の健在中においての最後のアニメ作品となった。
天才バカボンの作風について
原作 初期はバカボンとバカボンのパパが話の中心となるナンセンスギャグで、テンポもゆったりとしており、落語の与太郎物を思わせるような作風であった。中期よりパパの母校であるバカ田大学の後輩などが登場し、パパを中心としたスラップスティック・ギャグ作品となっていく。掲載誌が週刊少年マガジンに復帰してからは次第にシュールなギャグや実験的手法(突如一コマだけ劇画タッチになる、楽屋オチの頻発、意図的な手抜き等)が増え、純粋なナンセンスギャグであったこの作品に変化が生じてくる。後期にはパパさえ登場しないことも少なくない。刑事用語の解説が出てきたり、自らのアシスタントが不在という設定で描いていたり(わざと絵を下手にしている)、 赤塚不二夫 から 山田一郎 に改名しようとしたりするなど、バカボンとは全く関係無い話も多く見られる。こうして、中期までと後期とでは作風がかなり異なってきている。こうした「実験的」ともいえる作風は、赤塚が訪米した際に目にした MAD において不条理とも言えるようなギャグが展開されていたことの影響もあったといわれている。なお、 元祖天才バカボン の放送開始に際し、一度終了していた週刊少年マガジンの連載が一時的に復活していたが、そこでは毎週5ページの限られたスペースでコンパクトにまとまったマンガ版ショートショートが展開されていた。 アニメ 天才バカボン (第1作)は、キャラクターのデザインや人物造形については原作をほぼ踏襲しているが、作品のテーマが大きく異なっている。原作はバカボンのパパ達がおかしな行動をとることで一般常識や漫画のお約束をゆさぶり、ナンセンスな世界を展開するのが狙いだったのに対し、アニメ第1作では、バカボンのパパ達はおかしな行動をとったりするが、それは無垢な心の表れであり、彼らの作意のない真心が結果的として幸せをまねくといった筋書きになっていた。後述する「バカボンのパパ職業問題」とも関連して、原作者や原作のファンを失望させることとなった。そのため、第2作以降は原作者と原作ファンの意向に沿ったアナーキーな演出が徹底され、純粋にギャグのみを追求した作品となっている。その観点においては第2作の完成度と評価が高く、全4作のなかで最も長い期間放送された。 余談だが第4作目はテレビ東京の規制を割とネタにしている。(暴力シーンを強引にさける、実弾は駄目なのでモデルガン。など)天才バカボンの登場人物
天才バカボンの主要登場人物
天才バカボンのバカボン家の人々
バカボンのパパ(声優:第1作・第2作=雨森雅司、第3作=富田耕生、第4作=小倉久寛) 主人公。モデルは作者である赤塚の実父といわれている。大学時代のあだ名はキャロル又はノールス(脳がいつも留守だから)。昭和元年(1926年)12月25日生まれ。血液型はBAKA型という特殊型で、なめると甘い味がする。連載開始が昭和41年(1966年)であったため、年齢は41歳とされており、アニメ第2作後期エンディングでもそのように歌われている。作中で自分が生まれたのは「昭和元年12月元旦、雪の降る真夏の夜の昼」と言っている。 もともとはハジメちゃんをも凌ぐ天才児で、生まれてすぐに 天上天下唯我独尊 と口にし、家庭教師をつとめたり自動車の修理を簡単にこなしたりしていたが、アクシデントによってバカになってしまう。なおバカになった経緯はアニメと原作マンガでは若干異なる。アニメ版では、ある日交通事故に遭った衝撃で、天才児だったバカボンのパパの口から脳味噌が飛び出して近くにいた馬が飲み込んでしまい、それと同時に馬の口から脳味噌が飛び出してバカボンのパパが飲み込んでしまう事で、交通事故の衝撃で人間の脳味噌と馬の脳味噌とが入れ替わってしまう珍現象が生じ、以降、現在のバカボンのパパのキャラとなった。原作では、パパが道を歩いている時にクシャミをし、その勢いで頭の歯車を口から吐き出してしまい、「もう天才はやめるのだ」と言ってバカになった話がある。 赤塚不二夫は「パパは無職でないといけない」としているため、マンガでもアニメでも基本的には無職ということになっているが、TV版第1作ではテレビ局の要請で植木屋と設定(赤塚はこれに激怒した)。そのほか、クリーニング屋の従業員、化粧品のセールスマン、大工、サラリーマン、夜警、僧侶、洋食の料理人、変わったものでは唐辛子の味見係などいろいろやっているが、全て雇い主側から解雇されている。 熊本県菊池市の七城中学校(実在)・東京都のバカ田高校を経て、バカ田大学を首席で卒業。学級委員も務めた。ハチマキと腹巻を身に付け、口元に髭を生やしている。鼻毛を伸ばしているように見えるが髭である。レバニラ炒めが好物で、しばしばこの料理の名を口にする。おでんではタコの足が好みで、竹輪が嫌い。また、以前は唐辛子も好物だった。 バカ田大学の卒業式の日、「東洋工業に入社してマツダ・キャロルを作るのだ」などといったことがある(大学時代のあだ名「キャロル」による)。 バカボンのパパは赤塚が一番気に入っているキャラクターで、その理由は「どんなに酔っ払っていてもバカボンのパパの顔だけは、ちゃんと描けるから」とのこと。尚、トリビアの泉のなかで「11:3=Bを横向きにするとバカボンのパパみたいになる」というネタが紹介されたことがある。 口癖は「これでいいのだ!」「タリラリラ?ン」「コニャニャチハ」「はんたいのさんせい」「さんせいのはんたい」。「コニャニャチワ。」は当時投稿の挨拶等に多用され、現在でもラジオ番組の投稿に用いられる挨拶の変形の元祖であるとされている。また、理解不可能な事態に直面すると、「国会で青島幸男が決めたのか?」と言うこともある。 アニメ第3作の 家庭教師のパパなのだ で我利野邸の家庭教師募集の広告を見て家庭教師をしたことがある。 もーれつア太郎のア太郎のモデルキャラでもある。 アニメ第1作の第1話で警官から姓名を尋ねられ、「バカボン」と答えている(この時の新居の表札は「バカボン」である)。また第4作では背広の注文書の氏名欄に「パパ」と書かれている。電話では「バカボンのパパなのだ」と名乗る。余談だが、バカボン宅の電話機は第3作までは黒電話だったが、第4作ではコードレス留守番電話に進化している。 「トリビアの泉」で 11:3=Bはバカボンのパパっぽく見える とネタを言われた時、実際に登場した事もある。 バカボン(声優:第1作・第2作=山本圭子、第3作=林原めぐみ、第4作=亀井芳子) 天才バカボンのタイトルが示すとおり、本作における本来の主役。しかし主人公として機能していたのは連載初期のみで、「描いてるうちに(バカボンの)パパのほうが面白くなっちゃった」(赤塚談)という理由でパパに主役の座を奪われたため結果的にパパの引き立て役に転じた。当初はドタバタホームコメディ漫画における「頭は良くないがのんびりした心優しい性格の主人公」という役割を担っていたが、主役交代とそれに伴うナンセンスギャグ漫画へと作品傾向が次第にシフトしていくに従って、不条理なパパの言動をアシストする愚直で腹黒い面もあるキャラに変化していった。パパと一緒になって悪さをはたらくことが多いが、パパに振り回されひどい目に遭うことや、時にはパパをひどい目にあわせたこともあった。勉強は苦手だが、ママの誕生日プレゼントを用意する為に、靴磨きのアルバイトをするなど、優しい面も。パパが主人公で固定されてからは特にバカという描写もなく、普通の子供という位置づけになり、タイトルになっているのにどんどん影が薄くなるという赤塚作品の伝統的主人公でもある。アニメ版では概ね初期原作のイメージで登場している。アニメ第1作では、逆立ちで苦もなく歩き、ハジメをいじめたクラスメートを懲らしめるほどの身体力を持つ。通っている学校は、アニメ第1作では「坊毛茄子(ぼけなす)小学校」だったが、アニメ第4作の最終回では「バカ田小学校」に変更されていた。連載開始当初は着物の下にズボンを履いていたが、すぐにおなじみの着物+靴スタイルになる。パンツは履いていない。ちなみに、バカボン宅の表札は「バカボンのパパ」である。トリビアの泉なかで「お釈迦様は仏教語でばかぼん」というネタが紹介されたことがある。 ハジメちゃん(声優:第1作・第2作=貴家堂子、第3作=坂本千夏、第4作=ゆきじ) バカボンの弟で生まれてしばらくしてすぐに言葉を話せるようになり、レコーダーを発明したり「ピタゴラスの定理」やケプラーの法則の解説などもできる天才児。元天才児だったパパの息子らしいといえばらしいのだが、「これはワシの息子でないのだ」とパパが言って網走刑務所へ飛ばそうとするほど、今は性格も顔も似ていない。なお漢字では「一」と書いてハジメと読み「何でも一番を目指してほしい」というママの願いを込めてでの命名となった(アニメ第1作の5話より)。2000年にNTT西日本の「ISDNはじめちゃん」のキャッチフレーズと共にフレッツISDNのCMに出演、この時の声優は貴家堂子である。 第4作ではパソコンを持っている。 バカボンのママ (声優:第1作?第4作=増山江威子) 黒百合女子大学(白百合女子大学のパロディー)の出身。トラブルメーカーのパパと、いたずら好きのバカボンに振り回されながらも、一家を守る良妻賢母。パパとは女子大生の時に出会った。原作及びアニメ第1作・第3作で同級生の成金婦人と再会した際、ママのことを あっちゃん あっこ と呼ぶことがあった。しかしアニメ第2作ではパパとの出会いのエピソードが描かれ、そこでの本名は 春菊 とされた。年齢は32歳。カエルが大の苦手。 バカボン一家の中で唯一、シリーズを通して声優が変わっていない(作者の希望で、「ママの声だけはそのままにして欲しい」と依頼したからとも言われている)。 なお、バカボン家の電話番号は、(880)6974 「パパワ ロクデナシ」である。天才バカボンのその他の主要登場人物
レレレのおじさん(声優:第1作・第2作=槐柳二、第3作・第4作=千葉繁) 和服姿に下駄履きで、常に路上で掃除をしている。販売店かメーカーかは不明だが、「電気屋」の社長である。家族はすべて顔がよく似ている子供25人(五つ子が5組)で、全員独立している。妻は既に他界。若いころの衣装は着物ではなくスーツだったが、柄は同じ。登場当初は「おでかけのおじさん」ともいい(バカボンのパパあての年賀状には「おでかけですか?のおじさん」と書かれていた)、顔が登場するたびに変わっていた。ニューヨークではほうきではなく掃除機を使用していた。1995年にアステル東京のイメージキャラクターとして双子の兄弟の「ルルルのおじさん」が選ばれ、2004年にはロート製薬「レスパ」のCMに出演。1989年の川崎市市長選挙時には、棄権防止を呼びかけるポスターに登場した。口癖は「おでかけですか?」「レレレのレ?」。第3作では声優名が伏せられており、最終回の前の回で初めて明かされた(本官さんと二役であった)。「レレレのおじさん」のモデルは、作者がかつて愛読していた杉浦茂の漫画のキャラクターがヒントになっているという。顔つきや手の仕草(親指、人差し指、小指を立てる)など、共通点が多い。 目ン玉つながりのお巡りさん(本官さん、目玉のおまわりさん)(声優:第1作=田の中勇、第2作=肝付兼太、第3作・第4作=千葉繁) 「日本で一番銃弾使用量の多いおまわりさん」との異名も持つ。一時は「ピストルのおまわりさん」が公式名称だった。パパと幼馴染みで、両方の目玉が眉間のところでつながっている。パパには原作では「おまわりさん」、アニメでは「本官さん」と呼ばれる。私設派出所(表札は第2作では「横丁交番」だったが、第3作では「こうばん」となっている、第4作では屋根にローマ字で「KOBAN」と書かれている)に常駐し、とにかくピストルを撃ちまくる。これが原因で警察をクビになったこともあったが、すぐに復職する。出身は埼玉県新座市である。趣味は鉄道模型で、KC庁模型クラブで優勝したことがある。ちなみに優勝作品は「デゴイチ三重連」。連載開始当初は登場しておらず、その代わり?目玉がつながっていない普通の警察官が出てきていた(ただし、毎回顔が変わっていた)。なお、本名は白塚フチオ(第3作では 綱刈本官 とされた)、勇という子供がいたが、あまりの嘘つきのため夜中にお腹が痛いと訴えたのを無視した際死亡。勇が面白がってついたウソで死に追いやられた医者の隣の墓に葬られる。 アニメ版で使用しているピストルは、第3作までは実弾を使用していたが、第4作では音だけしか出ないモデルガンという設定になっている。これはテレビ東京の規制が厳しいことに加え、当時は国内で警察不祥事や海外で銃乱射事件が起こったりしていたのでそれらを配慮した物と思われる。 鼻の穴は、第1作では2つだが、第2作以降、四角い鼻の穴1つになる。 帽子の下は植物の双葉のようなつつましやかな髪型だが、第2作、第3作ではモヒカン。天才バカボンのその他の人々
凡田先生(声優=北村弘一) バカボンの担任教師。アニメ第1作にのみ登場。時に厳しく、時に優しい先生だが酒乱。 中村くん(声優=肝付兼太) バカボンにいじわるをするクラスメート。アニメ第1作にのみ登場。 さくらちゃん(声優=沢田和子) バカボンのガールフレンド。アニメ第1作にのみ登場。 ウナギイヌ (声優:第2作=池水通洋、第3作=田原アルノ、第4作=塩屋浩三) 夜のいぬ アニメ・漫画共に終盤に登場する、シーン転換時に登場するキャラ。リアルなタッチの背景をバックに、逆立ちしている。1995年にはルルルのおじさんと共にアステル東京のCMに出演 (東京タワーにしがみついている)。 バカ塚不二夫 漫画の中に登場する漫画家。名前からしてもわかるように、赤塚本人がモデル。顔が横長である。 カメラ小僧 篠山紀信 鼻をたらし、クルクル周りながら写真をとる少年。篠山紀信本人とは関係ないと思われるが、1970年代に篠山が撮影を担当していた「週刊少年マガジン」の女性アイドルグラビアに赤塚作の同名のキャラクターが登場していた。 バカ田大学の学生 第4作では、バカボンのパパと遊んでいたり、助けを求めたりする。この後輩の話によると、バカボンのパパはいろんな研究会に入会していたらしい。 市原(いちはら) バカ田大学の学生、バカボンのパパとの関係は日米摩擦研究所の後輩で卒業後、現在の職業はオッサン自動車(日産自動車のパロディ)のセールスマンであり、特徴は鼻が馬のよう。 土坐衛門太(どざえもんた) バカ田大学の学生、バカボンのパパとの関係はなんでも溺れる研究会の後輩で溺れることに関しては一番のテクニックとバカボンのパパから言われており、道に水溜りがあれば溺れ、夏の祭りに金魚を見れば溺れ、全世界溺れる人がワラをもつかむ選手権大会の優勝候補。海水浴場で天女の洋子を見た時から溺れられなくなったその後は海水浴場のトウモロコシ屋を営み、たまたま来ていたバカボンのパパに相談し、行動、結果その後は本当に溺れてがなおった。 乱打(らんだ) アニメ元祖天才バカボンに登場したバカ田大学の先輩らしいがバカボンのパパをなんらかで助けたお礼に漬け込んで気の荒い息子を無理やり預けさせた。ちなみに本官さんも強盗殺人犯に追われているところをかくまった事もあるインチキな奴。 ノラウマ 原作で一時期レギュラーだった馬。初登場の際、バカボンから盗んだカップヌードルをオシッコで作り、おまわりさんに食べさせたり、更には馬糞を食らわせたりと素行悪し。会社勤めをしていたが、競馬をあまりにも当てすぎるため、仕事を追われてノラウマになった、という過去も。正レギュラーの座を狙っていたが、ウナギイヌに二番煎じと罵られ激怒、以後の出演をボイコットすると言い出し、その話の後のコマも全て空白になった。なお、初登場の回だけ、特別にタイトルが「天才ウマボン」になっていた。マキバオーの同族と言う説もある。 なお混同されやすいが、ニャロメは、オリジナルは同じ赤塚作品の もーれつア太郎 のキャラである。しかし、ニャロメの人気に押されて時々端役で登場することもある(それ以外の赤塚作のキャラも時折本来の作品以外で出演することがある)。 タリタ バカ田大学の都内に一戸建てを建てよう研究会に入っていたバカボンのパパの後輩で、バカボンのパパに家を建てたいと相談したがパパは将棋好きの大工さんに代わって家を建て始めたらへんてこな家になってしましい、最終的には将棋好きの大工さんに建ててもらったものの家がどうしても将棋の駒型になってしまっている。 ヨヨヨのおじさん 第2作と第3作に登場、レレレのおじさんとは兄弟。 尾夢列夫(おむれつお) 玉子協会大物代議士でバカボンのパパに似ている。鼻毛の右側にホクロがある所以外は全てパパと同じ顔の形をしている。逃げるときは鶏になる。 熊田くん(声優=松本梨香)(手塚くん) バカボンのクラスメートで鉄カブトの事しか言わない変わった少年。原作とアニメ第3作(熊田くん)と4作(手塚くん)に登場。元は素直で賢い少年だった。第3作では製本所のミスにより、野口英世の本のカバーをした鉄カブトの本を読んだために。第4作では戦場に行っている父親の影響である。基本的に「たたえよ鉄カブト!」としかしゃべらず、長文は鉄カブトに関する言葉しか発しないが、母親を初め周囲とはなぜかコミュニケーションが取れている。第3作では父親が、第4作では祖父が、彼の事をを心配していたが本人と母親はさほど気にしてはいない。 なおイヤミ・チビ太など おそ松くん の登場人物も、アニメ(平成天才バカボンとレレレの天才バカボン)に登場したが、端役で出番は少ない天才バカボンの豆知識
これまでに4回アニメ化されているが、バカボンのママだけは声優が一度も変わらず増山が演じている。これは、作者である赤塚の希望からとも言われている。
作品中に登場する「KC庁」はもちろん警視庁のパロディだが、初期にはきちんと「警視庁」と表記されていた。ちなみに「KC」は単行本が出ていた「講談社コミックス」の略称ともかけてある。
元来は おそ松くん のキャラであるイヤミが最もゲスト出演回数が多いと言われる。タイトルの垣根を越え、赤塚漫画のスター・システム的存在としての起用と思われるが、当作品中でも勿論、常に嫌味な役柄である。また、他作品からのゲスト出演もいくつかある。コミックボンボン連載時には 機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争 からRX-78NT1 アレックスが登場した。また、月刊少年マガジンでは ヤンキー烈風隊 から岩倉威が3回ほど(そのうちの一回はパパが ヤンキー烈風隊 の読み過ぎで変貌したもの)、 いけない!ルナ先生 からはルナ先生とわたるが登場したこともあった。
原作漫画では登場人物が死亡する描写が数多く見られたが、アニメ化に際しては大幅に書き換えられている。死亡のパターンは大きく分けて次のように分けられる。
パパが直接手を下して殺害
パパの過失によって死亡
パパの言動によって自殺に追い込まれる
パパの故意も過失もないが、パパに関わったために死亡
「元祖」では 緒方賢一(「平成」、「レレレ」も)、八奈見乗児、北村弘一、小宮和枝が、「平成」では松本梨香が端役でしばしば登場していた。
初代パパ役の雨森雅司が亡くなって以降初の映像化であった、セガマークIII用ゲームソフト「天才バカボン」のTVコマーシャルでは、パパを演じていたのは「平成」のパパ役・富田耕生。ゲームでは声は出ない。
アニメ1作目では、スポットや次週予告の際、パパが「見ない奴は死刑なのだ!」というブラックジョークで締めるのがお決まりになっていたが、2作目では「見ないと逮捕なのだ!」に変わり、3作目以降は特にその様なジョークはなくなった。
アニメ2作目の後番組には ルパン三世 (TV第2シリーズ) が続いたが、その新番組予告の際にはルパン三世(山田康雄)のナレーションで「パパしゃん、ご苦労様でしたナノダ」との挨拶が含まれていた。同作品はキャストやスタッフの多数が「天才バカボン」2作目からスライドして参加している。「花も嵐も泥棒レース」では、ゴールが破壊されるシーンで、逃げまとう観客達にバカボンのパパが混じっていた。
この後3作目のリメイクまで10年以上のブランクを見るが、1982年にTBS系列で放送された「日立テレビシティ・ニャロメのおもしろ数学教室」が3週連続で放映され、司会の石坂浩二やシュガーとともに赤塚漫画のキャラクターが合成出演。オリジナル声優のパパとバカボンも登場し、結果的にこれが晩年の雨森によるバカボンパパが見られる貴重な番組となった。3週目の放送では赤塚がバカボンパパの扮装で出演している。
アニメ3作目は前番組 おそ松くん のスタッフがほぼスライドで参加しており、共通点が多く両作品のキャラクターが競演する特別編も製作されている。放送終了時の提供クレジットの後に出てくる「次回おたのしみに」の画面では、パパがことわざや慣用句に対するツッコミを入れている。
フジテレビ系 トリビアの泉 において、 「11:3=B」を縦にするとバカボンのパパっぽく見える (No.856)と紹介された。このトリビアは番組評価96/100へぇ?という高得点を記録した。
2006年8月19日から2007年2月24日まで放送されたTBSの健康番組 人間!これでいいのだ では、番組の案内役としてバカボンのパパが出演しており、番組タイトルもパパのキメ台詞が使用されていた。パパの声は富田耕生が担当。
バカボンのパパの生年月日は、植木等と同じである。
天才バカボン の派生作品としては、1969年から1971年まで漫画サンデーに掲載された 天才バカボンのおやじ (連載途中から古谷三敏との合作)、1972年に赤塚が自主出版した漫画雑誌・まんがNO1に掲載された 天才バカボンのパパ がある。なお 天才バカボンのおやじ は成人向けに描かれた作品ではあるが、そのいくつかのエピソードは 元祖天才バカボン でアニメ化されている。
テレビマガジンに掲載された作品は、長谷邦夫が手掛けたもの。
ダウンタウンの松本人志は、幼い頃にアニメ第1作を第1話から毎週欠かさず見ていたらしく、当然最終回も楽しみにしていたのだが、その日に限って両親に半ば強引に兄と銭湯に行かされたために見られなかった、と ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! のフリートーク内で語っている。
彩花みんの漫画 赤ずきんチャチャ の中で、太陽が昇ってくる方角を問われたチャチャが、「天才バカボン」のテーマソングを思い出して「西!」と答える場面がある。
赤塚不二夫は新入りの編集者をからかう為にバカボンのパパとママのセックスシーンの原稿を一枚余分に描いたことがある。
天才バカボンの移籍事件
1969年、それまでこの作品は「週刊少年マガジン」に掲載されていたのが、「週刊少年サンデー」に掲載誌が変更になる「事件」が起こった。事の発端は酒の席で小学館の武居俊樹記者が「 バカボン を引き抜いちゃえ」とそそのかされた「冗談」であったとされる。武居はこの時は冗談だと軽く受け流したが、翌日から行動に移し遂に実現させてしまった。
移籍交渉の際、「マガジン」の内田勝編集長はあっさりと移籍を認めたという。
「サンデー」に移った バカボン は、同時掲載の もーれつア太郎 にニャロメが登場して人気が高まったこともあり、次第に精彩を欠くようになっていった。結局「サンデー」の バカボン は半年余りで打ち切られた。(「サンデー」掲載時の作品は当然ながら講談社コミックス版の単行本には未収録である。またこの時の作品はページ毎のコマの四隅の角が丸くなっているため、判別が容易である。)
「サンデー」掲載作品は、上述の「天才バカボンTHE BEST 小学館版」のほか、竹書房発行の文庫版、また現在絶版だが曙出版発行の単行本でも読むことができる。
その後、1971年にテレビアニメ化が決定した事を理由に「週刊ぼくらマガジン」で連載を再開。1か月後、「ぼくらマガジン」の休刊で「マガジン」本誌に返り咲き、以降1976年まで連載された。
1度目のテレビシリーズにおいては、この時サンデーに掲載されたエピソードもいくつかアニメ化されている。
天才バカボンのアニメ版スタッフ
天才バカボンの天才バカボン
原作:赤塚不二夫
作画監督:芝山努
美術監督:影山仁
撮影監督:清水達正
録音監督:明田川進
音楽:渡辺岳夫
演出:吉川惣司→斉藤博、岡部英二
脚本:吉田喜昭、大西洋三、織田健也、藤川桂介、七条門、吉田秀子、小森豪人、小森幸信、椋誠一、雪室俊一、辻真先
コンテ:高倉健一、小華和ためお、奥田誠治、岡崎稔、佐々木正広、小泉謙三、風間幸雄、出崎哲、羽根章悦、新田義方、北川一夫、高円寺太郎、壺中天、平田敏夫、山崎修二、斉藤博、吉川惣司、遠藤政治、石黒昇、阿佐みなみ(南阿佐)、高橋春男、ひこねのりお
作画監督補佐:竹内留吉
