室伏広治

室伏 広治(むろふし こうじ、1974年10月8日 - )は、日本の男子ハンマー投選手。学位は博士 (体育学)。アテネオリンピックメダリスト。栄典は紫綬褒章受章

室伏広治の人物

2004年アテネオリンピック男子ハンマー投金メダリスト

陸上・投擲種目で金メダルを取ったのはアジア史上初 身長187cm。体重99kg。握力100kg以上。体脂肪率3%。血液型はA型。

静岡県沼津市出身。その後は愛知県西加茂郡三好町黒笹など転居を繰り返し、愛知県豊田市立東保見小学校、同保見中学校、千葉県・成田高等学校、中京大学を経て、現在はミズノ所属(同時に中京大学大学院体育学研究科に研究生として在学中)。博士号取得研究テーマは「ハンマー頭部の加速についてのバイオメカニクス的考察」。

日本オリンピック委員会・選手強化キャンペーンシンボルアスリート制度適用選手IAAF選手委員(2期目)。

父親はかつて日本選手権12回制覇アジア大会5連覇を達成して、「アジアの鉄人」と呼ばれた室伏重信(前日本記録保持者。現在は中京大学体育学部教授)。母親はオリンピックやり投ルーマニア代表Serafina Moritz ルーマニア出身、後年父との離婚により生別)。妹はアテネ五輪女子ハンマー投代表・女子円盤投日本記録保持者の室伏由佳

2008年現在、日本陸上競技連盟が行っている格付けでSクラス(最高位)にランクインされている。

室伏広治の競技経歴

2003年6月29日のプラハ国際では84m86cmの当時世界歴代3位の記録を出している。
2008年6月27日の日本選手権において連勝記録を14に伸ばす。(日本記録)

室伏広治の主な競技会記録

幼少時より英才教育を施され、才能を発揮。成田高校進学後にハンマー投に取り組む。当時から他の選手とは別格の投てきを連発。日本高校新記録を樹立。

中京大学進学後、室伏重信コーチングを受け、さらにその才能を伸ばすことになる。日本学生新記録・日本ジュニア新記録を樹立。

1994年 - 広島アジア大会準優勝、銀メダル獲得

1998年 - 群馬リレーカーニバル室伏重信の日本記録を破る。バンコクアジア大会では世界的な強豪・アブドゥバリエフを破り優勝。

2000年 - IAAF大阪グランプリで優勝。シドニーオリンピックでは、メダル候補と目されながらも9位に終わった。その年の80m突破回数では世界1位を記録。

2001年 - IAAF ローマグランプリで優勝。

2001年 - 世界陸上エドモントン大会で銀メダルを獲得。

2002年6月9日 - 日本選手権で優勝。自身の持つ大会新記録を更新。アジア大会では2連覇を達成。

同年8月10日 - アジア選手権スリランカ大会で優勝。

同年8月18日 - ポーランド国際競技会で優勝。

同年9月14日 - 国際GPファイナル(パリ)で優勝。

同年9月20日 - ワールドカップマドリード)で2位。同年10月8日、アジア大会 韓国(釜山)で大会新記録を更新し優勝。同年10月23日、高知国体で優勝。

2003年4月26日 - 中京大土曜記録会で優勝。6投全てが80mを超えた。

同年5月10日 - 大阪GPで優勝。6投全て80mを超した。

同年6月6日 - 日本選手権 優勝。自身の持つ大会記録を更新する83m29を記録。

同年6月29日 - プラハ国際で当時現役選手では最高となる世界歴代3位(上位2つは1980年代の記録)となる84m86を樹立。

同年8月25日 - 世界陸上パリ大会に出場。怪我で出場が危ぶまれたが80m12で銅メダルを獲得した。

2004年5月8日 - 大阪国際グランプリで優勝。6投全て80mを超えた。

同年6月6日 - 日本選手権 優勝 (82m09)。日本選手権10連覇を達成。

同年6月19日 - アメリカオレゴン州で開催された国際グランプリ優勝 (82m65)。

同年6月28日 - プラハ国際 優勝 (81m92)。

同年8月1日 - スプリントチャレンジカップ 優勝 (82m88)。

2004年のアテネオリンピック で優勝。大会中は82m91cmの記録を残し2位となったが、83m19cmの記録で1位となっていたハンガリーアドリアン・アヌシュドーピング疑惑が浮上。アヌシュIOCが求めていた再検査の為の尿検体提出を拒否、更に競技前後それぞれに提出した2つの尿検体が同一人物でないことが判明。アテネオリンピック最終日の8月29日ドーピング違反失格処分となり、この結果銀メダルだった室伏が繰上がることになり、陸上・投擲種目アジア史上初オリンピックメダリストとなった。

2004年9月23日 - スーパー陸上(横浜)で優勝。大会新記録の83m15を記録。

2005年6月4日 - 日本選手権 優勝 (76m47)。日本選手権11連覇を達成。

2005年ヘルシンキ世界選手権を体調不良のため欠場。その後も体調が回復しない為、試合への出場は遠ざかっていた。

2006年 - 約1年ぶりの復帰戦となった5月29日のゴールデンスパイクオストラバ)で優勝。

同年6月5日 - プラハ国際で優勝。今までのイメージを覆す丸刈りと髭を生やして試合に臨んだ。同年、パイクプラハ国際でも優勝した。

同年7月1日 - 日本選手権優勝。日本選手権12連覇達成

同年7月21日 - フィンランドユバスキュラで行われたフィンランド選手権に参加し優勝。5投目に80m14cmの記録をマークし参加選手最高となった。

同年7月26日 - 行われたヘルシンキ・グランプリで5投目に81m77cmをマークして優勝した。

同年9月10日 - シュトゥットガルトで行われたワールド・アスレチック・ファイナルベラルーシイワン・チホンを30cm差で下す81m42cmをマークして優勝した。

同年9月16日- アテネで行われたワールドカップで今季自己最高となる82m01cmをマークして優勝した。

同年12月 - ドーハアジア大会エントリーしていたが、9月頃に痛めたふくらはぎのケガが回復しない為、欠場となった。

2007年6月30日 - 約1年間試合から遠ざかっていたが、第91回日本陸上競技選手権で優勝。日本選手権13連覇達成

同年8月27日 - 世界陸上選手権大阪大会の決勝、史上初めて7位までが80m以上を記録するという激戦のなか、80m46を記録し6位入賞。2004年の大阪GP以来無敗で、4年ぶりに優勝を逃したが、北京オリンピックへの出場権を日本人第1号で獲得した。

同年年9月9日 - IAAFグランプリリエティ大会)で、イワン・チホンを押さえ今季自己最高となる82m64で優勝。

同年9月23日 - シュツットガルト開催IAAF世界陸上ファイナル3位。

2008年‐約10か月ぶりの試合となった第92回日本陸上競技選手権で今季世界ランク3位となる80m98cmで優勝し、同大会の14連覇を達成。

同年8月15日 - 北京オリンピック予選、一投目78m16予選通過

同年8月17日 - 北京オリンピック決勝二投目で記録した80.71mで5位入賞。しかし、その後、2位と3位のベラルーシ選手ドーピング違反が発覚した為、当該選手国際オリンピック委員会並びに国際陸上競技連盟より失格処分を受けた場合に3位に繰り上がる可能性が出ている。

室伏広治の身体能力

100m10秒台、立ち幅跳びでは360cm以上を飛ぶ人間離れした瞬発力を持つ。(高校2年生のときには既に体力測定で立ち幅跳び327cm、30m走は3秒79、立三段跳10m10cm、立五段跳17m06cmを記録している。)高校時代、初体験のやり投で国体2位になる。初めてやり投に挑戦する際は、小石を数回投げ勘をつかんで本番に挑み、圧倒的な記録を出してその大会で優勝してしまったとジャンクスポーツで照英が語っていた。

長野五輪前東京ボブスレー・リュージュ連盟が選手発掘のために行った運動能力テストに参加しズバ抜けた成績を叩き出し、日本代表候補に選ばれる。これは後に、ハンマー投へ集中するために辞退している。

TBS系列放送のスポーツマンNo.1決定戦で2002年の総合No.1に輝いた。競技の1つ、砲丸投ハンマー投の五輪メダリスト達も参加した ザ・ガロンスロー では世界記録8m25cmを持つ。また彼はこの2002年大会で、パワーだけでなく抜群のスピードを発揮。スピード系競技であるビーチフラッグスでは、上位経験者のスピード自慢が揃う中でダイブもせずに種目No.1を勝ち取り、ショットガンタッチでは12m90cmという記録を作る。パワーフォースでは、競技開始時の構えが手を腰におき仁王立ちというプレー(この種目もNo.1)、モンスターボックス(跳び箱)では18段を越えるなどの活躍をした。その圧倒的なオーラが作り出すファンタジーネバーランドと呼ばれ今でも伝説として語り継がれている。

2004年11月12日の日米野球の始球式では、当日まで投球練習はしていなかったが、129km/hを計測。 2回目の2005年4月5日のプロ野球横浜-巨人戦の始球式では131km/hを計測した。この時の打者は室伏と交友関係のある仁志敏久(当時巨人)だった。球筋は二回ともストライクで、コントロールも抜群だった。

100kgの握力計を一瞬で振り切るほどの握力を持つため計測不能となっているが、日本陸上連盟が行ったメディカルチェックでは120kgを記録。ちなみに握力98kgというのは、愛知小学校へ「握力を鍛える方法」の講演で招かれた際に行った記録である。

ただし、マラソンなどの長距離走は苦手で、学校のマラソン大会でもスタート直後は断トツだったが、いつもゴールする頃には殆どビリだった。またそれを父の重信に語ったところ、「お前は速筋比率が高いから、そういうのには向いていない」と言われたとNANDA!?にて語った。

室伏広治のその他

体格、体力などから、ハンマー投のみならず、体育会系のTV番組に出演する事が多い。また、アテネオリンピックメダルに刻まれた詩人の言葉を現地で訳して貰い報道陣に配るなどスポーツ界に対しての情熱も見せる。

腰に鉄球をぶら下げて昇降運動をする等、独自の練習方法で身体を鍛えている。

元やり投選手の照英とは高校のころからの旧知の仲。

漫画家のさいとう・たかをは、「今新しく実写映画化するのであれば、ゴルゴ13役は室伏広治以外にいない」と言っている。これが元でバラエティー番組の企画で実際に、室伏がゴルゴ13の格好をした事があり、本人も御満悦の様子。

アテネ五輪金メダルを評価され、2004年秋に紫綬褒章を授与される。

格闘技好きでもある。

2006年、「ベストスマイル・オブ・ザ・イヤー2006」に選ばれた。

2007年、全国理容連合会が主催する「第2回さわやかヘアスタイル大賞メンズ部門)」を受賞。同年テレビ朝日ビッグスポーツ賞において、ビッグスポーツ特別賞を受賞した。

ゲームモンスターハンターにおいて、「ムロフシ」は武器カテゴリハンマー」の非公式代名詞となっている。

肉体造りのため、1日1枚ステーキを食べるよう心掛けている。また甘党で、好物はケーキ。特に妹の手作りケーキが好きである(いずれもフジTVトクダネより)。

室伏広治のCM出演

ミズノウエア

日清 麺の達人(2005年?2006年)

フェデックス(2006年~)

大塚製薬 オロナミンC(2007年)

クボタ農業機械 クボタコンバイン

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『室伏広治』より
取得日:2008-09-06

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