日本航空

日本航空

日本航空株式会社(初代) - 1951年設立の航空会社。1953年解散。

株式会社日本航空インターナショナル(事業会社) - 1. の権利義務を承継し、1953年に日本航空株式会社法に基づいて設立された航空会社(2代目・特殊会社)。45/47体制廃止後の1987年に民営化され、2004年に現行社名へ変更。

株式会社日本航空(持株会社) - 2. を初めとするグループ会社の統括を目的として2002年に株式会社日本航空システムとして新たに設立された持株会社。2004年に現行社名へ変更。本項ではこちらについて解説する。

学校法人日本航空学園 - 日本航空高等学校等を運営する学校法人。上記とは全くの無関係。


日本航空本社が入居する
JALビルディング

株式会社日本航空(正式には「にっぽんこうくう」、一般的には「にほんこうくう」、英語表記Japan Airlines Corporation)は、東京都品川区に所在する定期航空運送事業を中心とした企業グループの経営の統括を目的に設立された日本の持株会社である。略称は「日航(にっこう)」、「JALジャル または ジェイエイエル)」。株式会社日本航空自身は、航空運送事業者ではないので航空会社コード、無線呼出名称等は無く、グループ各航空会社航空会社コード、無線呼出名称が付与されている。

日本航空の沿革

2002年(平成14)10月2日

日本航空株式会社(現・日本航空インターナショナル、以下同じ)及び株式会社日本エアシステム(その後の日本航空ジャパン)が株式移転し、株式会社日本航空システム (JALS) 設立

2003年(平成15)4月1日

吸収分割により日本航空株式会社から株式会社ジャルセールス及び株式会社ジャルキャピタル管理営業を承継し、両社を完全子会社化

2004年(平成16)4月1日

傘下の日本航空株式会社、株式会社日本エアシステムを、それぞれ株式会社日本航空インターナショナル、株式会社日本航空ジャパン商号変更

日本アジア航空株式会社 (JAA) と株式交換し、同社を完全子会社化

2004年(平成16)6月26日

JALSが株式会社日本航空に商号変更

2004年(平成16年)12月1日

経営合理化で、JALグループ本社ビル「JALビルディング」を野村不動産グループ2社に不動産証券化の上売却。同社と日本航空インターナショナル名義で10年間解約禁止特約付きの賃貸契約を締結。

2005年(平成17)3月31日

傘下のハーレクィンエア (HLQ) の全航空運送事業を終了。

2005年(平成17)10月25日

JALグループは国際的な航空連合アライアンス)である ワンワールド への加盟方針を決定。

JALグループは、 ワンワールド アライアンス参画に向けた覚え書きを締結。

2006年(平成18)4月1日

日本航空インターナショナルは、ジャルセールスが統括していた航空券予約・発券業務を同社から移管され、ジャルセールスは純粋な旅行代理店となる。

2006年(平成18)6月4日

日本航空が ワンワールド 加盟の為の招請状を受理・調印。

2006年(平成18)10月1日

傘下の日本航空インターナショナルが同社を存続会社として日本航空ジャパン吸収合併し、日本航空ジャパンは消滅した。

2007年(平成19)2月22日

JALグループは、新小型機としてエンブラエル社(ブラジル)の「エンブラエル170 (E170) 」の導入方針を決定した。確定10機およびオプション5機の購入契約を2007年春頃に締結し、2008年10月に第一号機を受領予定。そして、2009年2月より、グループ会社のジェイエア (J-AIR) により運航が開始され、国内路線の拡大、そして、拡張後東京国際空港羽田空港)への投入などを予定し、数年後に10機体制での運航を確立させる。

2007年(平成19)4月1日

JALグループが、 ワンワールド 正式加盟・サービス開始

2007年(平成19)11月26日

JAL労働組合」(組合員約1万人)が個人情報の収集を無断で行い、「乳がん」「シングルマザー」などの記述で記録した。そこで、「日本航空キャビンクルーユニオン」らの190人が、同労組組合幹部、日航に計約4200万円の損害賠償を求め提訴した。

2007年(平成19)12月

JALグループの新小型機として導入される、エンブラエル社の「エンブラエル170 (E170) 」について、パイロットの派遣を条件に購入契約を結んだ。派遣されるパイロットは、いずれも外国人のおよそ20人で、3年間の期限で乗務する。このような購入契約は国内では例がない。あわせて、「エンブラエル170 (E170) 」を運航するグループ会社のジェイエア (J-AIR) において、パイロット自社養成制度などによりパイロットの確保が行われている。

2008年(平成20)3月31日

台湾への輸送をグループにおいて担当していた日本アジア航空吸収合併日本アジア航空が運行していた便は同じく傘下の日本航空インターナショナルが補完した。

2008年(平成20)5月30日

50年近く使用された鶴丸マーク二代目)を付けた機体が最後のフライトを行った。

日本航空のJALグループ企業

日本航空の航空事業者

JALグループは、グループ全体で売上高が航空業界世界第3位の、巨大航空グループメガキャリア)である。

なお、構成企業は、現在のところ、株式会社日本航空(持株会社)直接の連結子会社JALを含む)、日本航空インターナショナル連結子会社、旧日本航空ジャパン連結子会社と大きく3グループに分かれており、実質旧会社(この「旧」は日本航空ジャパン東亜国内航空であった時点まで遡る)の体制を引きずりながら「JALグループ」として事業を行っていたが、それが一連の安全に関わる事故の原因のひとつとされ、グループ組織改革により、主要企業は全て日本航空直接の連結子会社とする事でグループとして経営支配関係明確化する作業を行っている。

JALグループ国際航空連合アライアンス)「ワンワールド」に加盟しているが、※のある航空会社経営施策上ワンワールドには加盟していない。

日本航空持株会社

日本航空インターナショナル (JAL)

日本トランスオーシャン航空 (JTA)

JALエクスプレス (JEX)

JALウェイズ (JAZ)

ジェイエア (J-AIR) (「運送の共同引受」により全便をJAL便として運航。法人名として表記する以外は対外的には「ジェイ・エア」を使用)

日本エアコミューター (JAC) ※

北海道エアシステム (HAC) ※

琉球エアーコミューター (RAC) ※

日本航空システム発足当初は、貨物事業(国内・国際とも)を「日本航空カーゴ」として分社する計画だったが、航空協定上の問題があったため、日本航空インターナショナルの事業とした。

日本航空のその他

JALUX(商社)[1]

JALブランドコミュニケーションJAL WEBシステム開発、宣伝、広告、出版)[2]

JALグランドサービス機体整備や空港での地上業務 旧社名AGS)[3]

JALホテルズホテル運営

ティエフケー[4](TFK機内食

JALロイヤルケータリング機内食

JALスカイサービス空港カウンター業務

JALスカイ東京

JALウェイブ(航務)[5]

JAL航空機整備成田 (JALNAM)(航空機整備

JAL航空機整備東京 (JALTAM)(航空機整備

日東航空整備 (NTM)(航空機整備

JALロジスティクス(自動車運送取扱事業・倉庫業通関業

JALカードクレジットカード事業)[6]

JALビジネス(人材派遣・紹介)[7]

ジャルパック海外旅行の企画・運営)

ジャルツアーズ国内旅行の企画・運営)

ジャルトラベルJAL利用の個人・団体旅行および外国人旅行手配)

ジャルセールス旅行代理業、当初はJALグループ航空券予約・発券業務を含む総合的な商品販売が主な業務であったが、グループ再編航空券の取扱は日本航空インターナショナルに移管され、ジャルセールスは純粋な旅行代理店となった)

JALインフォテック日本IBM子会社。ITシステム開発・運用)[8]

JALテクノサービス消防設備環境管理)[9]

ジェイ・エス・エス警備業)[10]

日本航空の主な株主

2006年3月末現在の主要株主東京急行電鉄である。これは、旧・日本エアシステム親会社であったことに由来する。個人筆頭株主は実業家で富豪としても知られる糸山英太郎で、日本航空のエグゼクティブ・アドバイザーでもある。他の大株主は東京海上日動火災など。

2006年6月末時点で、アメリカに拠点を置く外資金融グループであるモルガン・スタンレー証券グループが発行済み株式の5.78%を取得し筆頭株主となっている。同社は大量保有報告書に貸し株等の証券業務に関わる一時的な保有と記載。純投資分は0.05%としている。

日本航空の公募増資問題

日本航空の取締役会は2006年6月30日に、大規模公募増資を行うことを発表した。この公募増資は発行済み株数の約37%にあたる7億株を新規発行しておよそ2000億円を調達するというものであり、調達された資金は機材購入転換社債の償還に用いられると思われる。だが、2日前(6月28日)に行われた同社の株主総会ではこの公募増資に関して株主に対する明確な説明は為されておらず、総会のわずか2日後という時期での増資発表には株主軽視との批判がされた。その後、増資は実施されたが、1400億円程しか資金が集まらず目標を下回った上に、株価も一時的に大きく値を下げた。

日本航空の鶴丸

747-100B/SUDに描かれた後期の「鶴丸」

鶴丸とは、日本航空(JAL)所属の旅客機などに描かれていた、宮桐四郎原案ヒサシ・タニ図による日の丸と鶴(タンチョウヅル)をモチーフにロゴのJALをあしらって作成された、日本航空のシンボルマーク。日本航空の商標として1959年登録。旧社章

飛行機に描かれた初代鶴丸は、制定された翌年の1959年7月に日本航空のジェット旅客機時代の幕開けに4機のDC-8-32型機(JA8001「富士」JA8002「日光」JA8003「箱根」JA8005「宮島」)で塗装採用された。当初は尾翼ではなく、機体前方操縦席ガラスと前部ドアの中間に客席の窓の帯塗装とほぼ同じ直径で描かれた(尾翼は小さな日章旗と紺のストライプ)。 この鶴丸が大きく尾翼に描かれたのは、1970年7月に「ジャンボジェット」の愛称でボーイング747-100型機が就役した時である。

その後1987年11月に、日本航空の完全民営化に伴い機体の塗装デザインを更新した時に「鶴丸」の廃止が検討されたが、最終的に尾翼に残されることになった。1989年5月の完全民営化後によりJALのロゴが新ロゴとなった後も、尾翼の「鶴丸」はロゴと色調を変更されて存置された。しかし、日本エアシステムとの合併に始まる会社再編で、新ロゴマーク等が決定した結果、以後導入された機材では「鶴丸」は機体には描かれなくなり、既存の機材も新ロゴに塗装変更された結果、2008年5月の飛行を最後に営業に使用される機材から「鶴丸」は消滅した。

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『日本航空』より
取得日:2008-08-14

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