横浜国際総合競技場(よこはまこくさいそうごうきょうぎじょう)は、神奈川県横浜市港北区の新横浜公園内にある陸上競技場。日産自動車が命名権(ネーミングライツ)を取得しており、2005年(平成17年)3月1日より呼称を日産スタジアム(にっさん?)としている。
球技場としても使用される。Jリーグ・横浜F・マリノスがホームスタジアムとして、横浜FCがホームスタジアムのひとつとして使用している。施設は横浜市が所有し、横浜市スポーツ振興事業団、横浜マリノス株式会社、管理JV(ハリマビステム、東京ビジネスサービス、シンテイ警備、西田装美、協栄ビルメンテナンス)共同事業体が指定管理者として運営管理を行っている。
2002年(平成14年)に開かれた日韓共催のFIFAワールドカップでは、決勝戦の舞台となった。また、同大会で日本代表がロシア代表を1-0で破り、悲願のW杯初勝利をあげた場所でもある。
日産スタジアムの概要
約4年の工期を経て1998年(平成10年)に完成。日本最大規模の72,327席の観客収容能力を誇る屋外多目的競技場であり、2002 FIFAワールドカップ?では決勝の舞台となった。
コンサートでも数多く利用されており、2004年(平成16年)には、都市型音楽フェスティバルのロック・オデッセイが開催され一部音楽ファンの間で馴染みの会場となっている。
日産スタジアムの沿革
日産スタジアムの開場まで
1980年 - 建設省(現国土交通省)が横浜市港北区内の鶴見川流域に多目的遊水池の整備を決定
1990年 - 横浜市が多目的遊水池上に1998年秋季国民体育大会(国体)のメインスタジアムを含む総合運動公園の整備を決定
1992年1月 - 用地買収に着手
1993年1月 - 2002 FIFAワールドカップ?(以後2002年W杯)の日本国内開催候補地に決定
1994年1月 - メインスタジアムが着工
1996年10月 - 横浜市が2008年夏季オリンピック開催都市への立候補を表明(横浜オリンピック構想)
1996年12月 - 2002年W杯の開催地に決定
1997年3月 - 「横浜国際総合競技場」の名称が決定
1997年4月 - スタジアムの運営を横浜市スポーツ振興事業団へ委託
1997年8月13日 - JOCでの国内選考決選投票で大阪市(大阪オリンピック)に敗れ、オリンピック開催を断念
1997年10月 - スタジアムが竣工
日産スタジアムの開場からW杯まで
1998年
3月1日 - 開場、こけら落としはサッカー国際大会の第4回ダイナスティカップ、日本-韓国戦(同日に中国-香港リーグ選抜戦も開催)
3月21日 - Jリーグでの初使用として、「横浜ダービーマッチ」の横浜マリノス-横浜フリューゲルス戦が行われた
※この年のJリーグは「かながわ・ゆめ国体」、「身障者スポーツ大会・かながわゆめ大会」を10月に控えているため、Jリーグの試合も制限され三ツ沢公園球技場とほぼ折半する形で日程を消化
6月 - 小机競技場(補助競技場)が竣工
9月15日 - Jリーグの横浜フリューゲルス?横浜マリノス戦を開催。
10月24日 - 「かながわ・ゆめ国体」(第53回国民体育大会秋季大会)の開会式を開催(25日?29日には陸上競技会が、29日には総合閉会式を開催)
11月7日・8日 - 第34回全国身体障害者スポーツ大会「かながわ・ゆめ大会」を開催
1999年
4月25日 - 横浜FCの公式戦初試合(JFL、ジヤトコFC戦)を開催
8月6日 - 2002年W杯の決勝戦開催地に決定(さいたま市の埼玉スタジアム2002との誘致合戦に勝利)
8月28日・29日 - 初の音楽イベントとして、B'zLIVE-GYM '99"Brotherhood"の横浜公演を開催(この模様を収めたLIVE VHSがonce upon a time in 横浜?B'zLIVE-GYM '99"Brotherhood"?として2000年8月2日にリリースされた又、後にB'z15th記念としてDVD化されVHS版では収められなかった演奏も収録され同タイトルで2001年3月14日にリリースされた。因みに同日に過去のLIVE映像をDVD化したものをリリースした。)
9月15日 - 矢沢永吉50歳バースデーライブ開催(音楽イベントの利用はワールドカップ後に再開)
2000年
5月から8月 - ワールドカップ日韓大会に備えた芝生の張替え・生育を行うため一旦使用中止。この期間中のマリノス主催ゲームは三ツ沢公園球技場を使用した。
9月 - スーパー陸上を開催(以後毎年開催)
12月2日 - Jリーグ 2000チャンピオンシップ第1戦 横浜F・マリノス-鹿島アントラーズ戦を開催
2001年
1月 - 大阪市が誘致していた2008年オリンピックのサッカー会場として協力することを公表
6月 - FIFAコンフェデレーションズカップの準決勝と決勝を開催
12月 - Jリーグより「J1ベストピッチ賞」が授与され、当時の西田善夫場長が表彰を受ける
2002年
2002年6月9日 日本vsロシア
6月9日 - 2002年W杯のグループリーグ、日本-ロシア戦を開催し、日本がワールドカップ本大会で初勝利を挙げる
6月11日 - 同大会グループリーグのアイルランド-サウジアラビア戦を開催
6月13日 - 同大会グループリーグのクロアチア-エクアドル戦を開催
6月30日 - 同大会決勝のドイツ-ブラジル戦を開催し、ロナウドの2ゴールでブラジルが5度目の優勝を飾る
日産スタジアムのW杯以降
2002年
8月30日・31日 - B'zが、「LIVE-GYM 2002 "GREEN?GO★FIGHT★WIN?"」を開催。W杯後の音楽利用再開第1号となる。
8月 - 知的障害者サッカー大会のINAS-FID世界選手権の決勝を開催。
12月 - トヨタ ヨーロッパ/サウスアメリカ カップ(トヨタカップ)を初開催(第23回、レアル・マドリード(スペイン)?オリンピア・アスンシオン(パラグアイ)、以後2004年まで毎年開催)。レアル・マドリード所属のロナウドは1年に2度、同スタジアムで世界大会の優勝を果たす。
2003年
4月24日 - W杯記念施設を整備し、スタジアムツアーを開始。
8月23・24日 SMAPが、「'03 "MIJ Tour"」の横浜公演を開催。
8月30・31日 サザンオールスターズが、「SUMMER LIVE 2003 流石(SASが)だ真夏ツアー! あっっ!生。だが、SAS! 〜カーニバル出るバニーか!?〜 」の横浜公演を開催。
11月29日 - 横浜F・マリノスが、ジュビロ磐田を下し、2003年のJリーグ完全優勝を達成。
12月 - 第1回東アジアサッカー選手権を開催。
2004年
5月5日 - 新横浜公園スケボー広場を開設。
7月24日・25日 - 都市型音楽フェスティバル、「THE ROCK ODYSSEY 2004」の横浜公演を開催。
8月22日 - しんよこフットボールパークを開設。
9月11日・12日 - Mr.Childrenが、「Tour 2004 "シフクノオト"」の横浜公演を開催。
10月7日 - 横浜市と日産が命名権売買の契約成立を発表。
10月9日 - 台風22号による鶴見川の増水に対し、多目的遊水池の機能を初めて発動(2003年に整備完了)。
12月5日 - Jリーグ 2004チャンピオンシップ第1戦 横浜F・マリノス?浦和レッズ戦を開催。1-0で横浜が勝利。観客数6万4899人は、現在まで1試合でのJリーグ史上最多記録。
2005年
2月26日 - Jリーグ ゼロックス・スーパーカップ 横浜F・マリノス?東京ヴェルディ1969戦を開催。
3月1日 - 日産スタジアムへ改称(2010年2月28日まで)。また、併設施設である小机競技場およびスポーツコミュニティプラザもそれぞれ、日産フィールド小机、日産ウォーターパークに改称。
6月12日 - プレシーズンマッチとして横浜F・マリノス?FCバルセロナ(スペイン)戦を開催。7月30日には同カードを再び開催。
7月23・24日 - ゆずが、「YUZU STADIUM 2005 GO HOME」を開催。
8月17日 - 2006 FIFAワールドカップ アジア最終予選 日本?イラン戦を開催(正式名称で開催)。
11月18日 - 2011 ラグビー・ワールドカップの開催国がニュージーランドに決定。日本ラグビー協会は同大会の誘致活動を勧め、成功した場合は同年7月の決勝戦が同スタジアムで開催される予定だった[1]。
12月18日 - サッカーの第2回FIFAクラブ世界選手権であるFIFAクラブワールドチャンピオンシップ トヨタカップ ジャパン2005の決勝戦を開催。ネーミングライツの問題により「横浜国際総合競技場」の正式名称で開催され、以後は同名称での決勝・3位決定戦開催が2008年まで毎年継続。
2006年
2月26日 - 横浜ダービーマッチとしては8年ぶり、両クラブのトップチームの対戦としては初となる横浜F・マリノス?横浜FC戦がプレシーズンマッチとして開催。
4月21日 - 伊豆半島東方沖を震源とする地震で、西ゲート前広場などでのモルタル片・コンクリート片の落下、天井の亀裂などが確認。港北区では震度3を記録していた。
6月30日 - 東京都庁を中心とした2016年夏季オリンピックの東京招致本部(東京オリンピック構想)、JOCに開催概要計画書を提出。サッカー競技の会場として同スタジアム(横浜国際競技場名義)を含める。
2007年
4月14日 - 横浜FCがJ1昇格後、初の公式戦開催(第6節、横浜FC 0-1 鹿島アントラーズ)。
8月11日 - 同スタジアムでは9年ぶりに、公式戦での横浜ダービーマッチが開催(第19節、横浜F・マリノス 8-1 横浜FC)。
9月8・9日 - Mr.Childrenが、「HOME TOUR 2007 -in the field-」の横浜公演を開催。
12月2日 - J1最終節(第34節)、最下位(18位)の横浜FCが首位の浦和レッズを1-0で下す。翌シーズンのJ2降格が決まっていた横浜FCはJ1で21試合ぶりの勝利、敗れた浦和はJ1リーグ優勝を逃す。
12月13日 - FIFAクラブワールドカップ2007の準決勝、同スタジアムでの試合に日本のクラブで初めて浦和レッズが出場。ACミランと当たり1-0でACミランが勝利。
12月16日 - FIFAクラブワールドカップの3位決定戦、浦和対エトワール・サヘルは前後半2-2ののちPK戦4-2で浦和が勝利、また同日の決勝戦、ACミラン対ボカ・ジュニアーズは4-2でACミランが勝利。
2008年
3月8日 - Jリーグ開幕(横浜F・マリノス?浦和レッズ戦)に合わせ、スタジアム内の飲食店舗を大幅に交代し、観客からの不評の返上に乗り出す(25ヶ所中14ヶ所)[2]。
4月12日 - 「日産スタジアムデー」として、開場10周年の記念イベントを開催(横浜F・マリノス?柏レイソル戦に合わせて実施)。同年には、これ以外にも10周年記念企画を実施。
6月2日 - 2010 FIFAワールドカップ(W杯南アフリカ大会)のアジア3次予選、日本?オマーン戦を開催。同大会の予選開催は、この試合が最初。
6月7日 - サッカーのチャリティーマッチ「TAKE ACTION! 2008 +1 FOOTBALL MATCH」が開催。提唱者の中田英寿は2006年の現役引退以来、初めて日本国内での有料試合でプレーを行う。
8月16日・17日・23日・24日 - サザンオールスターズが、「真夏の大感謝祭」を開催。計4日間の公演は開場以来初めてで、サザン活動休止前の最後のコンサートとなる。
9月20・21日 - B'zが、「LIVE-GYM Pleasure 2008 -GLORY DAYS-」を開催(同スタジアムでのLIVE-GYM自体は6年ぶりだが、Pleasureシリーズでは初開催)。
10月10日 - 2008年に横浜オリンピックが実現していた場合の開会式実施日(1996年の記事を参照、閉会式は10月25日)。
12月21日 - FIFAクラブワールドカップ2008の3位決定戦と決勝戦を開催。2005年以来の同大会決勝開催がこれで途絶える(同大会自体は2011年と2012年に日本で再び開催)。
日産スタジアムの施設
横浜国際総合競技場は主要な大会を行うメインスタジアムとして陸上トラックやフィールドなどが整備され、スタンドの内部や下部にも施設が整備されている。補助競技場などの付属施設も持っている。また、鶴見川の多目的遊水池機能を損ねないような設計がなされている。
日産スタジアムの競技場内
場内ピッチ陸上トラックは9レーンの1周400m、直線100mのコースがあり、日本陸連公認の第1種競技場の資格を持っている。全天候型のトラックはウレタン舗装がなされ、記録が出やすいように配慮されている。なお、サッカーの試合では人工芝によって隠される場合がある。(日本代表の国際Aマッチ、トヨタカップなど)
フィールド部分は常緑の芝が整備され、ヒーティングシステムなどで凍結などを防いでいる。この部分では国際的に高い評価を得ている。
観客の乱入を防ぐため、トラックの外周には堀が作られ、スタンドと隔離されている。また、スタンドの最前列には樹脂ボードの壁があり、観客の転落を防いでいる。
日産スタジアムのスタンド・付属施設
場内スタンド スタンド全層二層式で、座席数は72327席となっている。立ち見席はなく、すべての席に椅子が用意されている。
バックスタンドには水色地に赤色で文字が入っているが、開設当初は2階席のみに「YOKOHAMA」の文字が入っていたが、命名権取得による名称変更で2階席は「NISSAN」、1階席は「STADIUM」の文字が入った。
低層スタンドの中央通路部分には車いす用の観戦スペースが用意され、バリアフリー対策もなされている。
両サイドの高層スタンド上部には大型スクリーンが各1基設置され、ほとんどの客席から映像が確認できる。メインスタンド及びバックスタンドの低層後部は、大型スクリーンが二階席の陰になるが、頭上にモニターを設置してあるので、映像は確認できる。また、大型スピーカーによる音響設備も準備されている。
スタジアム全周を屋根が覆い、低層スタンドの奥と高層スタンドの大部分をカバーする。低層スタンド前部を除き、雨でも濡れない配慮をしているが、こけら落としの日韓戦では荒天になり、スタンドに吹き込んだ風によって多くの観客が強い風とみぞれにさらされた。
スタンド内には売店やトイレなどが多く設置され、観客サービスの充実が図られている。
公衆無線LANは使えない。
スタンド下鶴見川の増水時には、スタジアム地下に準備された調整池に水を落とし込んで下流部の洪水を防止する。そのため、すべてのスタジアム施設は地平から高く上がった人工基盤上に作られている。
バック低層スタンドの下にはスポーツ医科学センターが開設され、リハビリ医療機能を持つメディカルゾーンの他、器械体操やフィットネス施設、プールなどが設置されている。
同じ場所には市民のレクリエーション施設としてスポーツコミュニティプラザも開設され、レジャープールやクアハウス機能が整備されている。
日産スタジアムの競技場周辺
付属競技場として小机競技場(日産フィールド小机)が整備され、400mトラックやフィールドなどの施設がある。日本陸上競技連盟から第3種競技場として公認されている。横浜国際総合競技場での大規模な大会のサブトラックとしての利用に加え、単独でもサッカー(高校生年代のプリンスリーグなど)やラグビーなどの無料試合で使用されている。
2004年にはスケートボード用の「新横浜公園スケボー広場」や人工芝コートの「しんよこフットボールパーク」も開場している。しんよこフットボールパークはJリーグや大規模イベント開催の際の駐車場を兼用している。
北側を流れる鶴見川の増水時には、西側(上流側)の越水堤から水が流れ込む。
スタジアムの東側には、横浜市が総合保健医療センター、総合リハビリセンター、障害者スポーツ文化センター(横浜ラポール)を整備し、横浜労災病院とあわせてスタジアムの医療保健機能と連携している。
日産スタジアムの命名権
横浜市は2003年以来、総合競技場をはじめとする新横浜公園内各施設について命名権のスポンサー企業を募集していた。2004年10月7日、市は日産自動車と5年間総額23億5,000万円(推定)の条件で契約に合意し、公園内にある3施設の呼称を変更することが決まった。翌2005年3月1日から、総合競技場を「日産スタジアム」、隣接する補助競技場の小机競技場を「日産フィールド小机」、プール施設のスポーツコミュニティプラザを「日産ウォーターパーク」に、それぞれ呼称を変更した。市はこの命名権売却により、年間4?5億円にのぼる維持費の赤字解消を試みている。一方、日産は本社機能を2010年までに横浜市中心部のみなとみらい地区へ移転するため、命名権の取得によって、総合競技場をホームとする横浜F・マリノスとの相乗効果による地域密着のアピールを狙っている。
通常、これら3施設については命名権により付与された呼称が使用されるが、国際大会など大会・興行のスポンサー以外の企業名称が使用できない場合は、正式名称である「横浜国際総合競技場」を使用する。一例として、この横浜国際では2002年以降、トヨタ自動車がスポンサーとなっているトヨタカップが開催されていたが、前述の通り呼称を「日産スタジアム」としたことで、FIFAの“企業名が入った競技場ではFIFA公式戦を開催することができない”という規定に抵触するため、2005年秋にトヨタカップを改組して行われることになったFIFA世界クラブ選手権(現FIFAクラブワールドカップ)を開催する場合、この規定をクリアする必要が生じた。これに対応するため、市及び主催者は選手権期間中については呼称に正式名称を使用することとした上で、スタジアム内に掲出されている日産自動車のロゴを覆い隠すなどの措置を執った(この措置は「クリーンスタジアム」と呼ばれる)。これにより、同年の選手権は豊田スタジアム、国立霞ヶ丘競技場、そしてこの横浜国際の3スタジアムを使用することが決定。横浜では3位決定戦ならびに決勝戦が行われた。この他、2005年8月17日の2006 FIFAワールドカップ最終予選イラン戦のホームゲームも同様に「横浜国際総合競技場」の名義を使用した。このような措置は、同じく命名権により呼称を「九州石油ドーム」としている大分スポーツ公園総合競技場でも行われている。
日産スタジアムのトピックス
日本最大の陸上競技場であり、竣工から10年しか経ていない施設であることから、同スタジアムの40年前(1958年)に開場した国立霞ヶ丘競技場と比較すると運営設備や取材施設の環境が整っているため、プレーヤーや関係者などからは好評を得ている。
ただし、観客席が7万席を超えるスタジアムであるため、サッカーの国際大会を除けば満員になることはほとんどない。Jリーグの試合ではアウェイ側のアッパースタンドとバック側のアッパースタンドの半分以上は基本的に閉鎖となる。ただし、浦和レッズを迎えた場合など、多くの観客動員が見込める場合は全席もしくは閉鎖部分の一部が開放される。
サッカー専用スタジアムの埼玉スタジアム2002に対して、陸上競技場兼用というこの競技場の構造に対しては臨場感などの点で批判があり、特に低層スタンドでは傾斜が緩く、見えにくいというサッカーファンからの批判が絶えない。また、トラックのためにスタンドとピッチの距離が離れている部分もあり、2006 FIFAワールドカップの1次予選では日本国内で行われる(ホーム)3試合はいずれも埼玉スタジアム開催となった。これは当時の日本代表監督ジーコの意向とも言われている。
一方、同スタジアムはオリンピック開催を前提に作られた事情もあり、全ての観客席から陸上トラックの全周が展望できる点で、サッカーなどのフィールド競技よりも陸上競技の観戦に適したスタジアムである。ただし、現在の日本で陸上競技大会に集まる観客数と比較するとあまりにも巨大で、国際大会でもスタンドの多くが空席となる。使用料の問題もあり、必ずしも利用頻度は高くない。
総工費が札幌ドーム並みの約600億円であるため、Jリーグや陸上などのスポーツ大会だけでは維持費も捻出できない。そこで、芝への影響を考慮してワールドカップまで控えていたコンサート開催の再開、スタジアムツアーやウェディングの開催などで収益の向上や市民への認知を進めている。
観戦客からは供食設備への不満も強く、以前は鰻丼で用いられるウナギの蒲焼きのタレのみを白米にかけた「うなタレ丼」がやり玉に挙げられる事もあった。この不満の解消に向け、場内売店の入れ換えやF・マリノス主催試合開催時での場外フードコート設置が進められている。
2004年の台風22号では調整池の機能が発動された。鶴見川から150万mを貯水し、同川下流域の水位を1.5m下げて洪水防止に効果を発揮した。この時、横浜国際総合競技場の地下駐車場、小机競技場、しんよこフットボールパークなどが水没した。
2006年4月からの4年間、日産スタジアムを含む新横浜公園は、横浜市より指定管理者として横浜市スポーツ振興事業団・横浜マリノス株式会社・管理JV(ハリマビステム・東京ビジネスサービス・シンテイ警備・西田装美・協栄ビルメンテナンス)共同事業体が指定され管理運営をしている。
1999年7月30日、J2第19節で、川崎フロンターレがホームで試合を行ったことがある。対戦相手は大宮アルディージャ。2-1で川崎フロンターレが勝利を収めている。この試合が横浜市外に本拠地があるチームが主催したJリーグ公式戦開催の唯一例である。
日産スタジアムの大会・競技会・記録会など
日産スタジアムの過去のもの
2002 FIFAワールドカップ(決勝など)
第53回国民体育大会(かながわ・ゆめ国体)
日産スタジアムの毎年行われるもの
スーパー陸上(9月)
ジュニアオリンピック陸上競技大会(10月下旬)
