最上稲荷

大鳥居

最上稲荷(さいじょういなり)は、岡山県岡山市北区にある日蓮宗の寺である。正式名称は、最上稲荷山妙教寺。所在地が岡山市高松地区であることから高松稲荷(たかまついなり)と称されることもある。

歴史のある寺院であるが、戦後一時日蓮宗より独立(昭和29年7月24日)し、最上稲荷教総本山となっていたが、平成21年7月に古巣の日蓮宗に復帰した。それに伴い、包括宗教法人最上稲荷教は、残務の整理がつき次第解散される運びとなる。

  • 1 縁起・概要

  • 2 周辺施設

  • 3 交通アクセス

  • 4 関連項目

  • 5 外部リンク

  • [編集] 縁起・概要

    岡山県内で唯一、明治初年の廃仏毀釈の被害を逃れた所といわれ、日蓮宗系「神仏習合」の祭祀形態を現在も残す。

    寺伝によれば、報恩大師天平勝宝4年(752年)に孝謙天皇病気平癒の勅命を受けて、吉備山中八丈岩で修法し、最上位経王大菩薩を感得、天皇は全快したことに始まる。

    また後に桓武天皇病気平癒祈願の功徳により、寺院建立寄進申し出があった。これにより大師が霊地を求めていたある日、最上位経王大菩薩より「備中国龍王山麓に堂宇を定むるべし」との宣告があり、このことを天皇に進言。天皇はその祈願所としてさっそく龍王山神宮寺寄進創建した。これが現在の妙教寺である。

    その後、羽柴秀吉中国進攻の際に戦火により焼亡するも、江戸時代初期の慶長6年(1601年)この地を治めた旗本の花房職之関東地方より日円聖人を招聘し、「稲荷山妙教寺」として再興した。このときに天台宗から日蓮宗へ改宗した。

    寛保元年(1741年)に建立された旧本殿霊応殿)の最奥部は岡山市重要文化財に指定されている。現在の本殿(霊光殿)は昭和54年 (1979年) に建造された。明治14年(1881年)に建立された根本大堂老朽化の為、平成18年(2006年)に移転、修復された。2009年、本堂など33件が国の登録有形文化財に登録された。

    なお、昭和26年の宗教法人法の施行に伴い、信徒や有識者の勧めにより、妙教寺の第23世の稲荷日宣の代にして昭和29年7月に、宗教法人・最上稲荷教として日蓮宗から独立、包括法人を組織したが、55年後の平成21年7月24日、26世稲荷日應の英断により、傘下の寺院とともに日蓮宗に復帰した。日蓮宗には一般の寺院として復帰したが、「最上稲荷総本山」の通称は、引き続き使用される。日本三大稲荷の一つとして数えられ民衆の崇敬を集めていて、初詣シーズンには毎年岡山県下最大の参拝客(約60万人)で賑わう。

    本尊は日蓮宗宗定本尊、最上稲荷教時代の最上位経王大菩薩は祈祷本尊と位置づけられた。

    [編集] 周辺施設

    稲荷山健康センター

    備中高松駅

    大鳥居画像参照

    高松稲荷交差点(国道180号と岡山県道241号長野高松線の交点)近くの最上稲荷への参道に昭和47年(1972年)に建立され、高さ27.5m、柱の直径4.6m、総重量2800トンで、全国でも屈指の規模を誇る。

    [編集] 交通アクセス

    JR吉備線備中高松駅下車、約2km。徒歩30分。タクシーで5分。

    JR岡山駅より中鉄バス稲荷山線に乗車、約40分。終点の稲荷山で下車。なお、この路線は正月三が日のあいだは運休となり、代わりにJR吉備線備中高松駅稲荷山のあいだで臨時便がピストン運行される。

    岡山自動車道岡山総社ICより国道180号を岡山方面へ約5km、車で10分。大型駐車場有り(有料)。なお、初詣シーズン周辺道路が非常に渋滞するので、公式ウェブのお正月の交通規制についてを参照のうえ迂回するのが望ましい。

    ◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『最上稲荷』より
    取得日:2010-01-06

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