澤穂希

穂希(さわ ほまれ、1978年9月6日 - )は、日テレ・ベレーザ所属の女子サッカー選手

澤穂希の経歴・人物

東京都府中市出身。身長164cm。血液型はAB型。 東京都立南野高等学校卒業。[1]

最終学歴は帝京大学文学部中退。ポジションミッドフィルダーで、おもにトップ下で司令塔としての役割を務めること多い。女子代表リーグともに歴代トップゴール数を記録している。

幼いころ、兄の所属するサッカーチームコーチの勧めによりプレーし、そのときにゴールを決めたことでサッカーを始める。中学生のころに読売サッカークラブ女子・ベレーザに入団し13試合5得点を記録する。のちにアメリカプロリーグWUSA」にも所属したが、リーグの休止に伴い2004年にL・リーグに「ノンアマ(プロ契約)選手」として復帰。その後も海外のチームからのオファーを受けるが、なでしこジャパンの選手としてベレーザでのプレーを続けている。

澤穂希の競技歴

小学生時に安満サッカークラブに入団。のち府ロクサッカー少年団に所属。なお府ロクサッカー少年団では澤の2年後輩に、中村憲剛(現川崎フロンターレ)が居た。

1991年

読売クラブ女子・メニーナ入団。1ヶ月後にベレーザへ昇格

7月7日 フジタ天台SCマーキュリー戦で日本女子サッカーリーグデビュー

7月28日 新光精工FCクレール戦で初得点

1993年12月6日 第9回アジア女子選手権マレーシア・フィリピン戦で代表デビューし4得点を記録

1996年 アトランタオリンピック女子サッカー競技に出場

1999年 帝京大学を中退し、アメリカWリーグ (W-League) のデンバー・ダイアモンズ (Denver Diamonds) に移籍

2000年 アメリカ女子サッカーリーグ (WUSA)、アトランタ・ビート (Atlanta Beat) に移籍

2004年

WUSA休止によりアメリカから帰国し日テレ・ベレーザ再入団

怪我をおしてアテネオリンピック女子サッカー競技の予選に出場、最多得点を記録

アテネ五輪本選ではなでしこジャパンの一員として全試合フル出場を果たす

2005年

5月21日 キリンチャレンジカップ2005・ニュージーランド戦で女子代表最多となる通算52ゴール目を記録

7月11日 スペランツァF.C.高槻戦でL・リーグ通算得点ランクトップとなる105ゴール目を記録 

2006年2月18日 キリンチャレンジカップ2006・ロシア戦で国際Aマッチ100試合出場を達成

澤穂希のおもな記録

澤穂希のなでしこジャパン

国際Aマッチ出場 : 132試合(日本歴代1位)

国際Aマッチ得点 : 70点(日本歴代1位)

オリンピック : 3回(1996年アトランタ、2004年アテネ、2008年北京)

FIFA女子ワールドカップ : 4回(1995年スウェーデン、1999年アメリカ、2003年アメリカ、2007年中国)

アジアサッカー連盟年間女子最優秀選手 : 1回(2004年)

2008 東アジアサッカー選手権優勝MVP

(2008年3月13日現在)

澤穂希のL・リーグ(なでしこリーグ)

澤穂希の成績

クラブ リーグ 背番号 ポジション 試合 得点
1991 読売サッカークラブ女子・ベレーザ JLSL 25 FW 13 5
1992 読売日本サッカークラブ女子ベレーザ 14 20 3
1993 MF 17 5
1994 読売西友ベレーザ L・リーグ 10 17 11
1995 18 16
1996 17 14
1997 18 14
1998 読売ベレーザ 16 11
1999 NTVベレーザ 0 0
2000 アメリカWUSA」所属)
2001
2002
2003
2004 テレ・ベレーザ L・リーグ1部
(L1)
10 MF 6 5
2005 21 16
2006 なでしこリーグ
ディビジョン1
17 13
2007 20 6

澤穂希のタイトル

最優秀選手 (MVP) : 1回(2006年)

ベストイレブン : 7回(1993年、1995年、1996年、1997年、1998年、2005年、2006年)

最多アシスト : 1回(1998年)

敢闘賞 : 2回(1991-92年、1992年)

◇出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)『澤穂希』より
取得日:2008-09-27

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